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 screen 2  事故から十日後、出雲は父の勤める医療センターを退院した。  ギプスで固められた腕は、アームホルダーで肩から吊り、しばし固定の生活となった。  膝の裂傷の抜糸は済み、後は打撲した太腿の痛みが取れれば通学も可能との許可が出た。  通院は週一回、リハビリには週二回通う。  退院当日は、仕事を休んだ眞知が付き添い、完治するまで住む事になった裕作のマンションへ向かった。  病院にも駅にも近いマンションの部屋は、低層階の1DKで、高層に行くほど広い間取りになっている造りだ。  元々祐作が寝るだけに持っていたマンションのため、物は殆どない。だが部屋は既に掃除も済み、生活に必要なものは揃えられていた。  ダイニングに一つの部屋は、二人が住むにはプライベートゾーンは皆無だったが、それでも新しい環境にワクワクしかない。  初日は眞知も泊まり、あれこれと出雲の世話を焼いた。  毎食後に飲む薬を忘れないよう、職場の処方箋薬局から一週間分の薬を仕分けて入れる容器を買ってきて、一日三回絶対に飲むのよと何度も念を押す。  食事や掃除洗濯についても、細かく書いたノートを作っており、八雲に必ずやるよう繰り返していた。  眞知は心配が次々と湧いて来るようで、ずっと口煩い。  最後は二人とも相手をするのが面倒になり、返事も適当になっていた。  そうして慌ただしく最初の二日間は過ぎて行った。  自宅療養の間は、診察やリハビリに出る以外、部屋でオンライン授業を受けたり、学習動画を見て課題をこなす。  終わればゲームやネット配信を見て、自由な時間を過ごす。  利き腕が使えないのは思った以上に不便で、携帯を操作するにもゲームをするにも思うように出来ず時間がかかる。  左手が塞がっている時は足を使うようになり、足癖はだいぶ悪くなった。いっそ左手も利き腕レベルに使えるよう練習してやろうという闘志すら湧いた。  人寂しさからか、八雲が学校から帰るとそんな些細な事をひたすら話し続け、彼も嫌がらずに付き合ってくれた。  そうしてニ週間経ち、ようやく担当医から登校の許可がおり、学校へ復活する事になった。  階段を落ちたあの日から、一ヶ月が経とうとしていた。 「出雲~会いたかったよ。すっげー痛々しい姿じゃんかよー」  緊張混じりに教室に入ると、同じバスケ部の大垣頼人(おおがきよりと)が大袈裟に両手を広げて駆け寄り、出雲をぎゅうっと抱きしめてきた。 「うわ、やめろ、腕やってんだから力入れんな!」 「だってお前、階段から落ちるなんて最悪死んでたかもしんねーんだぞ? お前が無事でいてくれて俺は心から嬉しいんだよ」  窒息しそうな程ぎゅうぎゅうと抱え込まれて、自由な左手で頼人の体をバンバン叩く。  クラスメイトから「心配してたよー」「復帰おめでとう」と声が掛かり、わらわらと囲まれて照れ臭くなる。  やっと出雲を離した頼人は、垂れ気味の目を細めて笑顔全開だ。  怪我中は制服着用が免除され、バスケ部のジャージを着た出雲は、ギプスに固められた右手をホルダーで吊り、どこから見ても痛々しい。  だが、復活祝いと出雲の机の上には大量のお菓子が積まれていて、嬉しさに緊張もいつの間にか消え去った。 「マジ心配かけて悪りい。休んでた間構ってくれてサンキュな。コレ治るまでノートとか世話ンなるけどよろしく」  自分の席に着くと、付いてきた頼人が自分の椅子を引っ張って来て隣に座る。 「何言ってんだよ~俺とお前の仲だろぉ、俺を彼氏だと思って頼りまくれな」 「キモイからやめれ。今更おまえをそーゆうふうに見たくない」  頼人とは同じ中学出身、その前はミニバス時代からのチームメイトという事もあって付き合いも長い、自他共に認める大親友だ。おしゃべりで底抜けに明るく、話題も尽きないので、休みの間もラインで毎日やり取りしていた。  バスケ部ではムードメーカーでもあり、なくてはならない存在だ。そんな彼には同じく中学から付き合っている彼女がおり、出雲も知った仲でもある。 「出雲!」  名前を呼びながら長身の男が入って来る。  教室にいた女子達の視線を一斉に集めながら二人の席まで来ると、出雲の髪を無造作にくしゃくしゃっとかき混ぜた。瞬間遠巻きに見ていた女子達から歓喜の声が上がる。 「お帰り、出雲。待ってた」 「静樹(しずき)」  少女漫画に出てきそうなイケメンが笑顔を振り撒き、まるで飼っている犬にするみたいに、出雲の頬を両手で挟んでよしよしと摩る。  近江静樹(おうみしずき)。  国立大を狙う特進クラスで、そこでも不動のトップの成績。  同じくバスケ部所属で次期キャプテンに指名されている。  文武両道を地で行く彼は、統率力もありリーダーシップも取れる、この学校には数少ないアルファだ。  目鼻立ちのはっきりとした華やかな面立ちは女子達の視線を集め、バスケをプレイする姿は躍動感があって力強く、まさに魅せられる、一目も二目も置かれた存在だ。 「全治三ヶ月だって? ホント痛々しいな。けど後遺症もないんなら安心したよ。治ったらまたバスケ頑張ろうぜ」  頭を撫でながら、女子が欲しがる笑顔を間近に向けられる。実際静樹の家には溺愛するアフガンハウンドが二匹おり、携帯の待ち受けがそれなのも知っている。 「筋力落ちねーようにリハビリ頑張るわ。秋の新人戦には絶対出てーし」 「そそ、スリーポイントシューターの出雲がいねーと得点力落ちんだから頼むぜ」  他意なく両手で愛犬の耳の付け根や顎を撫でるように髪をくしゃくしゃとかき混ぜられ、逃げようにも逃げられない。  今朝八雲がセットしてくれた髪が無残に崩れ、ぼさぼさの頭のまま呆れて無表情になる出雲を、横で頼人が笑っている。  本気で静樹は出雲を犬だと思っているのではないだろうか。 「お前んちの犬じゃねーんだからいい加減やめれっ。髪ぐちゃぐちゃじゃんかよー」  出雲が唇を尖らすと、静樹は神妙な顔をして出雲をまじまじと見た。真っすぐ見られて、違う意味でドキッとする。 「何だよ、何か付いてる?」 「──お前からアルファの匂いがする」  一瞬鋭くなった瞳の色。髪を一房摘まむと静樹はそれをじっと見つめた。 「え? あー今朝、弟に髪セットしてもらったからかな」  静樹や頼人には、怪我が治るまで父のマンションから通う事を伝えてある。その際、弟と同居し一緒に登下校する事も。 「出雲の弟ってまさかアルファ?」  頼人が興味深く乗り出して来る。出雲は発さずに首だけをコクンと下げた。  出雲に双子の弟がいて別々に暮らしている、そんな身の上を今まで誰にも話した事がなかった。母親とその祖父母と同居しているとしか二人には話した事がない。  送り迎えする八雲の存在はそのうちバレると思い、退院時二人にはラインで弟の存在を伝えた。 「すげ、双子で二次性別が違うって珍しいじゃんね? 学校どこ行ってんの?」 「開誠」 「うっわ、えっぐ! めっちゃアルファやん」  興味津々な頼人は他意なく嬉々としていて、隣で黙って聞く静樹の背をバンバン叩く。 「出雲はベータだろ。オメガでもねーのになんでマーキングみたいな事してんの。過保護過ぎじゃね?」 「そんなイラッとすんなよ静樹サーン。弟クンも心配してんだよ。ホントアルファってのは独占欲が強いんだからもー」  頼人が静樹の肩に腕を回し宥めるように揺すると「だる」と嫌そうに顔を背ける。  性別が未確定な事は家族のみが知る事で、周りは知らない。ベータなのだろうから言う必要もないという判断からだ。 「てかさ、全然分かんねんだけどそんな匂ってんの俺」  気になり自分の服を嗅ぐと、静樹は不快そうにむっつりとして腕を組んだ。 「結構ね」 「マジ? あのさ、アルファ的に匂い付けるのってどういう意味なん? それ嗅いで他のアルファはどう思うん」 「マーキングは所有の印だよ。自分の匂いを付ける事で他のアルファを牽制すんの。他のアルファの匂いがついてる奴に手ぇ出すアルファはいねーし。そんなのオメガにしか普通やらんけどね」  八雲がどんな意図で匂いをつけたのかは知らない。  ベータの出雲にちょっかいをかけてくる人なんてまずいないし、今までいたこともないのだから。 「へーえ、何考えてんだろな、アイツ。まぁ俺にやっても意味ねーけどさ」  俺全然分かんねーわ、とベータの頼人が出雲に鼻を寄せるので「ヤメロ」と頭を押し返す。  アルファの静樹は、他のアルファの匂いを感じるのは不快なのだろうか、珍しく不機嫌な顔をしていた。強い(しゅ)同士、慣れ合えない(さが)だと聞いた事はあるが。 「時々弟から匂いを感じる時はあるよ。あれって多分アルファのフェロモンだと思う」  体臭とは違う、脳の中枢神経を刺激する魅惑的な匂い。オメガはあれを吸うとイチコロなんだろう。 「うっそ、出雲はアルファとかオメガの匂いわかんだ? 結構敏感なタイプ?」  出雲兄弟に興味津々な頼人は楽し気だ。 「いや、弟だけだよ。他はわからない、静樹のだって感じた事一度もねーし」 「弟だけはわかるってさぁ、双子だから? だとしたらマジ双子ってすげーんだな。一心同体って感じ? 超見てみてえ」  一心同体。その言葉は少し違う気がした。  心がシンクロしていても、気持ちは一緒ではないからだ。対のもう一人、もう一つの心を持つ自分と限りなく近い存在。心を一つにして固く結び合っているのとは違う。 「性格は全然違うよ。あいつ昔から面倒見良いし俺のが弟みたいだし、兄と思われてねーし」  ギプスで固められた右手をじっと見つめる。  登校初日、八雲は校門まで出雲にベッタリだった。怪我を理由に登校中何かあったら手助け出来るよう目を離さない。距離感の近さは家では気にならないが、外に出ると気になる。  昔はどうだったっけと考えるが、子供の頃もそうだった気もする。  今更他人のように距離を取るのは不自然な気がして、外での兄弟の距離感が分からないまま八雲にガードされて登校した。 「弟の方がしっかりしてるパターンか、兄弟あるあるじゃね?」  ま、俺んちは妹しかおらんけどーと頼人がケラケラ笑う。 「うちは兄貴の方がしっかりしてクソ真面目だせ、全然あるあるじゃねーよ」  静樹が呆れ声で腕を組むと、すかさず頼人がその肩を押す。 「アルファ一家と一緒にすんなよな、静樹だってじゅーぶんクソ真面目だから」  バスケが好きだから、と言って静樹は彼女を作らない。たくさんの女の子に告白されているのを出雲と頼人は知っている。その中に他校のアルファやオメガの子がいた事も。  殆どのアルファが名門校を選ぶのに、静樹は違う。  ベータの中にいるアルファは珍しい。  出雲は大学附属のこの高校へ、大学受験を省くため選んだ。静樹は附属の大学には上がらず国立を受けるのに、なぜここに進学してきたのだろう。  どんな考えでその選択をしたのか、静樹は中学時代を語らないので聞いたことがない。 「ま、出雲のフォローは同クラの俺に任せろって、執事のように仕えてやるぜ? もちろんトイレだってついてってやるからな」  にやにやといやらしく笑う頼人に、うんざりと出雲は顔を背ける。 「うっざ、ついてきたらぶっ倒す」 「ペットボトルの蓋だって空けてやるしさー、飯だってあーんて食わしてやるぜ。俺の彼氏力を期待してろよ」  ドヤ顔する頼人は頼もしいのだが、どこかはき違えていて笑えない。 「頼人の彼氏力なんか一生知りたくねーし、期待もしたくねー」 「そこですましてるアルファより頼りになるぜ? 静樹はこう見えても彼女いない歴年齢だしねー」  自慢気な頼人に静樹は少し呆れて含み笑う。 「どこでマウント取ってんだよ、バスケや勉強で超えろっての」  静樹の余裕たっぷりな態度に、アルファ独特の貫禄が滲み出ていて、男から見てもやっぱりカッコいい。 「えー無理」  頼人の間の抜けた声に、ぷっと出雲は吹き出す。  利き手が使えない事への手伝いは、八雲にされるのは全く抵抗ないが、できれば学校では自力でやって行きたい。  板書だけは頼らなければならないが、授業後の写メで何とかなるかなと思っている。  だが、馴染みの女子バスケ部の面々が出雲の机を取り囲み、頼人は字が汚いから私らがやってあげる、と詰め寄られ、有無を言わせぬ集団圧に、ハイと答えるしかなかった。  日直や委員会も治るまで代わってあげる。と、クラスメイトから代わる代わる言われ、断る選択肢はなかった。  弟キャラなのは高校でも健在で、周りが出雲を気にかけ動いてくれる。頼まなくても協力的で、思った以上に皆んな構いたがりだ。  眞知然り、八雲然り、頼人然り。  復帰初日、怪我人の世話にクラスメイトまで参戦して来て、どうも逆らえそうにない、スタートとなった。  放課後、そのままリハビリに向かうため荷物を纏めていると、部活に向かうはずの頼人が「持つよ」と出雲のバッグをヒョイと肩に掛けた。 「部活は?」 「弟見たいから俺も外まで着いてく」  そう言って頼人は鼻歌混じりに校門まで付いてきた。  今日一日、久々のぶっ通しの授業に脳ミソの疲労が激しい。休み中のんびり過ごしたツケで、午後は眠くて仕方なかった。左手で字が書けるよう板書も頑張ったが、生まれたての小鹿の足のごとく、ブルブルな字の羅列でまだまだ先は遠い。 「やっべ、見えんぞ、あそこにいんの弟だろ? 女子がめっちゃハイテンションでたかってんぞ」  頼人が興奮気味に歩を速めた。校舎から出て人工芝のグラウンドとテニスコートの間を真っすく進んだ先に、ここの制服とは違う学ラン姿の長身が見える。  遠目からでもわかる、八雲だ。  手足の長いスラリとした体躯、恵まれた容姿、醸し出される気質。  学校指定のバッグを肩に掛け、携帯を弄っているだけなのに、何であんなに目を惹くんだろう。  顔を上げ、睫毛に縁取られた印象的な瞳が出雲を見つけると、携帯をポケットにしまい、西日を背にして校門から入って来る。大股に歩いて来るだけなのに、揺れる髪先や制服の動きまで煌めいて見える。  まるで彼の周りだけが切り抜かれたように別次元だった。  太陽の陽を受け逆光で眩しい弟は、自分達とは明らかに違う。 「やばい、あの校章開誠じゃん、アルファ確定!」 「なんでなんで入って来んの、アルファオーラ凄くて震える」 「ねえねえ、彼女のお迎えだったらどうする? ウチの学校にアルファの彼氏持てるような美人いた?」  雲の上にいる生徒の来訪に、遠巻きに見る女子達の色めく声が出雲の耳に届く。  都内トップで一目置かれる開誠学園の制服は、エリートの証だ。アルファのポテンシャルがなければ入学できない、中高一貫男子校だからだ。  アルファのフィルターを通して見て欲しくない、八雲は出雲にそう言った。  ──けれど仕方ないよ。  一般人のベータから見たら、やっぱりお前達は格別だ。(しゅ)の違いは一目瞭然なのだから。 「すっげえな、出雲と似てんのに全然似てねぇ」  出雲だけを真っ直ぐ見て歩いて来る八雲に、頼人が呆然と眺めたままぽろりと言葉を零す。 「おい、どっちだよ」  よく分からない頼人の感想に出雲が突っ込むと、目の前に来た八雲が肩を揺らして笑った。 「ははっ、初めて言われた」  顔を横に向けて控えめに笑う姿に、遠巻きに見ていた女子達がざわざわと揺れ動く。  アルファなのに男臭さがなく、透明感のある嫌味のない笑み。  でもそれが作られた笑みである事を皆んなは知らない。出雲に見せる自然な笑みとは違う、取り繕った笑い。  ひょいと頼人の肩に掛かっている出雲のバッグを八雲が取ると、頼人はぱちっと夢から覚めたかのように目を瞬いた。 「出雲を百倍にして精神年齢を十歳上げた感じ?」  ぱちぱちと瞬きを繰り返しながら頼人がこぼすと、双子は同時にぷっと吹き出した。 「「百倍って」」 「お、同時にハモった。伝統芸見たぞ」 「はぁ、全然意味分かんねーんだけど。八雲、コイツ同クラでバスケ部の大垣頼人。ホラ、試合中に彼女見てコーチ怒らせて腕立てさせられてた」 「ああ、彼女が怖い人だっけ」 「そうそう、あの後浮ついてんなって試合出してもらえなかったの」 「それで負けたんだよな」 「負けた負けた、ガッツリと」 「振られなくてよかったね」 「しばらく無視されてたけどね」  二人顔を寄せ合ってクスクスと笑う。 「双子で顔並べて何話してんだよ。何か怖いんだけど? 俺ここにいるからね? 悪口はいけませんよ」  面白がる頼人に、出雲はさらに笑って八雲に顔を寄せる。 「な、おもしれー奴だろ? 頼人は小学の頃から精神年齢変わってねーの」 「なんか想像つく」  二人並んで顔を見合わせて笑う姿に、頼人が両手を広げ肩をすくめる。 「双子ヤベエよ、動きが全部シンクロしてるやん。おんなじ顔して俺見て笑うのヤメテ」 「「ふはっ」」 「マジ、勘弁」  綺麗なハモリに頼人も堪えきれず吹き出す。  第三者に疎外感を持たせる双子の一体感。二人が並ぶと入り込む余地などなくなってしまう事を当事者は気づかない。 「まぁ頼人の武勇伝は全部話したんだけどね」 「うっわ、こえー。何話したんだよ、あんまり意地悪すると泣くよ? 俺泣いちゃうからね?」 「文化祭で女子とライン交換したの彼女にバレれてやり返された話とか」 「あーちょっと止めろ、思い出させるな。僕は真面目なバスケットマンなんだからさ」  頼人はストップと出雲の口を塞ぐ。  隣の八雲がスーと引くのがわかった。急速で下る熱感にチラと八雲を盗み見る。 「おまえキャラ違ってんじゃん。もういいだろ、部活行けよ、遅れるとコーチブチ切れで校庭五十周だぞ」  頼人の手を払うも当人は不満気だ。 「えー出雲の彼氏係としては、もうちょいお前ら兄弟見てたいんだけど」  いつものように馴れ馴れしく肩を組もうとしてきた頼人に、八雲が咄嗟に出雲の腰を引き寄せた。 「出雲、そろそろ行かないとリハビリに遅れる」  頼人の視線が八雲に貼り付く。  見た事のない頼人の緊張した顏。試合でも見せない、かたい表情を初めて見た。 「──あー、わり。でもホント、双子って同じ動きすんだな。ホラ、瞬きも同時、すっげえ」  頼人らしくない、気を遣った声音。回し損ねた手をぶらぶら振って、チラッと八雲の様子を伺っている。 「俺と出雲は特に仲のいい兄弟だから」  そう言って八雲は背後からするりと出雲に腕を回す。肩に顎を乗せて、自分の所有物だと主張するように腕の中に閉じ込めた。  頼人が驚いた顔をしている。ギャラリーになっていた女子達が興奮気味に奇声を発している。  だけど、ぎゅうと込められる力を出雲は振り解かない。振り解く理由は──ないから。  ──自分達は六年間離れていたのに、まだ同じ事をしている。 「じゃあな、もう体育館集まってんだろ、走れよ」  背に八雲を付けたまま出雲は平然と言う。独占欲を向けるその弟の視線を受けて、頼人は見ていられないとばかりに頭をガリガリとかいた。 「ヘイヘイ、部活男子は真面目に練習に行きますよっと」  背を向ける兄弟を眺めたまま頼人は棒読みで投げかけた。  見えなくなってから本音を零す。 「こっわ。何アレ、俺より彼氏じゃん」  ワッと集まって来た女子達のせいで、その呟きは掻き消された。  初日の登校を終え、リハビリをこなして帰宅すると、もう夜七時を回っていた。  やはり病院からマンションが近いのはありがたい。部屋を空けてくれた祐作には感謝だ。 「そう言えばさ、休んでた間の遅れ分、放課後補習受ける事になったんだ。中間が来月あるからさー。字書くのはまだ無理だから、動画に纏めたヤツ見るだけなんだけどさ、マジたりい、寝そう」  今日の夕飯は八雲が作ったチャーハンだ。一口食べて「うまい」とうなった出雲に、八雲は当然と自信たっぷりだった。  レシピを頭に叩き込み、パーフェクトに作り上げ、八雲が納得して出したチャーハンなんだからうまいに決まってる。  彼が曖昧なものを出雲に出す訳などないのだ。  おかずは眞知が買い置きした焼くだけの春巻きと餃子。その他冷蔵庫と冷凍庫には作り置きされた惣菜類が豊富に詰まっている。 「放課後? そしたら俺も学校で自習してるよ。終わる時間に合わせて迎えに行くから」 「マジ? 助かる」  リビングに置かれたローテーブルに、胡座をかいて向き合って食べる。小さなテーブルなので、乗り出すと頭がぶつかるほど狭い。  出雲は不器用ながらスプーンを使ってチャーハンを口に持って行くが、パラリと口端から溢れてしまった。 「はは、出雲、昔から口の大きさに見合わない量を持ってくよね」 「これはっ、利き手じゃないせいだって」  溢れた米粒が顎に付いたのを八雲は取り、自分の口に入れた。成長した今、親でもやらない行為だが、八雲だと何とも思わない。 「そうだっけ? よく棒アイスを口に入らない量かぶり付いて、ヒーヒーしてたじゃん」 「おまえだってさー、飲みモン飲む時勢い付けすぎて口の端からこぼすじゃん」 「懐い、よく覚えてんなあ。力の加減が分からなくてやってたわ。そんなの俺自身も忘れてたのに」 「俺だって」  自分よりも、お互いの事を覚えている自分達に笑ってしまい、乗り出したテーブルの上で頭をグリグリと擦り付け合う。 「おまえまだトマトジュース飲めねーの?」 「出雲はコーヒー飲めるようになった?」 「八雲は冬でもビビるくらい薄着だったよな」 「出雲は冬になると極厚靴下履いて寝てたよな」 「履くだろ、寒みーし」 「暑くて無理」  無限に湧くだろうお互いの癖に、笑いを喉の奥で堪えていたのに同時に吹き出す。 「暑がりすぎ」「寒がりすぎ」  結局は不器用なままのスプーン使いを見かねて、ホラと八雲が箸で摘んで春巻きを出雲の口に入れてくれる。 「あ、餃子も食いたい」 「中まだ熱いかも、ちょい待って」 「うん」  半分をぱくりと食べた八雲は、「うん、大丈夫」と確認して出雲の口に持っていく。 「うまい」 「これ餃子の王様のだって」 「へぇ、だからうまいんだ」  お互いに頷き合いながら何事もなく食べるのを続ける。  子供の頃やっていた無邪気な行為が、生活を共にするうちに水が溢れるように湧き出てきて、いつの間にか復活している。  それは双子にとって自然であり、なんて事のない日常だった。 「心配なんだけどさ、勉強の邪魔してねえ? 俺んとこはさ、附属だからいいけど、八雲んとこはガチじゃん。俺の世話で時間取られて成績落としたらやばくね?」  「心配? 勉強に関しては俺要領いい方だよ。学校で集中してやるし、隙間時間を活用するタイプだから」  確かにと、口をモグモグしながら頷く。  八雲は気づくと単語帳を見ているし、出雲がテレビを見ていたりスマホを弄っている時も、傍らで教科書や参考書を読んでいる。  そう言えば高偏差の学校の奴等って、電車に乗ってる時も何かしらの教材を読んでいて、女子バスケ部がそういう姿がカッコいいって騒いでたっけ。  自分達はカッコつけやがってと僻みがちだが、あれは隙間時間の有効活用で、効率よく勉強している姿なんだと知った。 「塾は? 八雲は予備校とか行ってねーの?」  あっという間に食べ終わった八雲は、出雲が食べ終わるのをじっと見て待っている。おかずに視線を移すと何も言わずに口に入れてくれる。 「んーまだいいかな。学校で今は充分だし、行くとしても高二の秋か高三の春かな」  在校生のほとんどがアルファの学校。皆が皆ポテンシャルが高いハイスペックの集まり。 「お前らの学校って普段何話してんの? やっぱ経済とか世界情勢の話してんの?」  出雲の通う学校は全体的にゆるゆるだ。大学受験をする層は特進クラスのみ。他は附属の大学へ成績順で進みたい学部を選べるので、定期考査でしっかり成績をキープしておけば、塾に行く事もなく卒業までのんびりできる。 「まさか。部活しに来てるような奴もいるし、アニメとかお笑い芸人の動画で盛り上がってるよ。休みの日はアイドルの推し活してる奴もいるし。それに夜なんかいつもゲーム対戦の誘いがくる」 「へーえ、意外、俺らと変わんねーんだな。ご馳走さん、美味かった。八雲は何にハマってんの?」  二人分の食器をまとめ、キッチンに移動する八雲の後を雛のように付いて行く。 「俺? 俺も出雲と同じバスケかな」 「え、八雲もバスケやってんの?」 「やってるよ、部活にも入ってるし。まぁ男子校だから中高合わせると部員百人いるし、レギュラーなんて取れないからプレイするより観る方メインだけどね」  食器を洗う八雲の隣でその手元を見ている。節張った指は長く器用にこなす。 「すげえ、お前んとこアルファばっかだから強えーもんなあ」  そう、どこの有名進学校でも勉強だけでなくスポーツも強い。まさに文武両道の極みだ。それは一重にアルファのポテンシャルの高さが全てを物語っている。一言えば十理解する彼らは頭でプレイし、恵まれた肉体で体現化する。 「うんマジバケモンみたいにすげえ奴等ばっかだから、逆に達観できる。出雲はミニバスからずっと続けてるだろ? 出雲のスリーは綺麗だよな、あのモーションのタイミングがスッと合った瞬間、入った! ってシュート決まる前から分かるもんな」 「え、俺の試合見た事あんの?」  つい食い付いて、吊った右手ごと八雲の体に押し付けてしまう。  分厚いギプスに守られているので何ともないが、八雲がコラ、と出雲の頬をぶにっと摘む。 「何度もね。中三の中体連で残り三分ギリギリで、スリーを連続三本決めて逆転したじゃん。本戦出場した時は、シュート全然決まらなくて、ボッコボコに負けた試合も観たし、何なら去年の新人戦四ピリで出て来て即スリーを決めた時のドヤ顏も観た」 「マジ? めっちゃ観てんじゃん」  洗い終わった八雲が手を拭きながら移動するのをまた付いて行き、テレビの前に置いてあるソファに座った。 「観てるよ。公式戦は殆ど観に行った。出雲は体が柔らかいからフォームの良さが際立つんだ。ミニバスでしっかり基礎をつけたからだろうね」 「中学入った時はさ、ミニバス経験者だからそんな苦労はなかったんだけど、結局バスケって背の高いモン勝ちってトコあってさ、上手くてもチビじゃスタメンにはなれねーの。だから俺、三年が引退した中二の夏、挫折しかけてさ……」 「出雲はチビって程でもないだろ?」 「中学ン時はやっと百六十って感じだったもん。悔しかったなぁ……俺のが上手いのにさ、チビってだけで中学からバスケ始めたデケーヤツにポジション取られんの。コーチもさ、デカい奴優先すっからマジ泣いた」  スタメンをあと一人決める時、背の低い経験者と背の高い伸びしろある初心者、どちらを選ぶかと問えば、それは確実に後者だ。試合時、高さを揃えているだけで相手チームを圧倒できるし、試合経験を積ませる事でいくらでも伸びるからだ。  それが分かっているからこそ、チビの自分は武器を作らなければここで終わると思い、培った基礎とフォームを生かしてスリーの練習を始めた。スリーポイントはミニバスにはなく、中学バスケからなので武器にすれば強味となる。  毎日の打ち込みで百本打ち、成功率を前日より下げるのは不可とした。自主練ができない日は放課後の部活後、バスケットゴールの設置してある公園に行って、前日より成功率が上がるまで打った。  その努力のお陰で、中三の春季大会には二番のポジションでスタメンを取れるようになった。  そうして気づいた時、喘息の発作は殆ど出なくなっていた。  甘ったれだった自分が変わるために奮起し、自分のために頑張ったのは、あの時が初めてだったかもしれない。いつもアルファでない自分に諦めていたのだから。  八雲はソファの背面に回ると、後ろから出雲の左手首を取った。上に持ち上げクイクイと関節を動かす。 「努力あってのスリーなんだ。ホラ、手首の関節もこんなに柔らかいから、シューターとしての素質はあったんだよ。それがいい具合に覚醒したんだろな」 「なんでそこまで分かんだよー」  何だかむず痒い、でも八雲が自分を観てくれていたことが純粋に嬉しい。 「分かるよ、成功率が上がっていくのに比例して、出雲の表情に自信が出てきてたから。でも俺はさ、出雲みたいに体が柔らかくないから、腕に力入っちゃって、フリースローなんて全然入んねーの」  手を下すと背後からもたれるように両腕を出雲の身体に回す。ふわりと香る八雲の匂い。甘えてくれているのが分かる。 「あー腕の力適度に抜いて、膝使って打つんだよ。八雲は力の入れ方がホント下手だよな」 「うん、あの出雲のフォーム好きだな……」  出雲の肩に顎を乗せてぽつりと呟くので、さっきのお返しとばかりに八雲の頬をふにふにと弄る。 「八雲でも苦戦する事あるんだな。いっそ八雲の場合はさ、力をゼロ状態にした方が入んじゃね? 俺の手が治ったらさ、ワンONワンやってみようぜ」 「約束な。俺も出雲みたいなシューターになりたかったなぁ。あ、俺んとこ、高二の秋季大会で部活引退なの知ってる?」 「え、そうなん? さすが進学校だな~三年までやんねーのか。そしたら八雲が公式戦に出られるチャンスは秋季しかないじゃん。じゃあ今日から練習な」  立ち上がり、八雲を自分の隣に座らせ、手を取る。 「右打ち? 左打ち?」  聞くとキョトンと出雲を見上げる。睫毛に縁取られた瞳が期待に輝き出す。 「左」  八雲は左利きだ。けれど小さい頃出雲が右で文字を書いたり箸を持つのを見て真似をし、いつの間にか右手も使えるようになっていた。  架空のボールを見立てて八雲に持たせる。 「右手は添えるだけね。左手首のスナップを効かせて。腕に力を入れんなよ、シュートコース曲がるから」  出雲は立ち上がって、座らせた八雲の腕を左手で支えた。伸ばした腕で架空のボールをシュートする八雲の瞳はキラキラと期待に満ちていて、自然出雲に笑みが浮かぶ。 「今の入ったでしょ」  嬉しそうに出雲を見上げる八雲は、いつもより幼く見えた。 「いや、エアボールだな」  ゴールに当たらず手前に落ちるシュート。「えー」と八雲が笑顔で不満だと訴える。 「もうちょっと脇は締めてみ? その方がブレない」 「こう?」  ギュッと確かめるように八雲はシュートフォームを取る。 「そう、綺麗。そのまま力を抜いて、打つ!」  シュッと架空のボールが投げられると、出雲は「ナイスイン!」と声を上げた。  左手を上げ、八雲とハイタッチ。息もタイミングもぴったりだった。 「そのフォーム忘れんなよ」 「オッケー忘れない」  そう言って八雲は何度もフォームを確認する。出雲は携帯を取ると、そのフォームを動画に撮って八雲に送信した。 「左手で撮ったからちょいブレだけど許して」 「はは、そんなの気にしない」  八雲は携帯を取ると動画を保存し、カメラロールをスクロールする。その画面をチラと見て驚く。 「え、もしかして俺の試合動画撮ってる?」 「当たり前だろ。見た試合は全部保存してる」 「え、見たい。頼人が腕立てしてるとこ映ってんじゃね?」  覗き込むと八雲はスイっと携帯を取り上げた。あからさまにむっつりとして画面を閉じてしまう。 「出雲が出ている時しか撮ってないから。あいつなんか映ってねーよ」 「おい、あいつって」  八雲は口を開く出雲を封じると、眉をしかめ大きな溜息をついた。 「今日俺が行った時、分かってやってただろ。昔から出雲は意地が悪い」  プイと素っ気なく顔を背けられ、子供の頃と今の自分が交錯する。  ──ああ、そうだ。そうだよ。  放課後、ランドセルを背負って下駄箱から駆け出す自分。この後公園で遊ぼと誘う友達をしり目に、チラチラと八雲の存在を気にしながら、何して遊ぼうかと親しく話す。気づいた八雲がヤキモチを妬いて腕を引っ張り、肩を抱き寄せ友達に言い放つ。  ──今日は喘息の発作が起きるかもしれないから出雲は誘っちゃダメ。  いつも通り出雲を独占する八雲に安心する、そんな子供の頃の邪気ある行いが思い起こされて、じわじわと恥ずかしさが襲ってきた。  友達の前で八雲の気を引きたくてやっていたのは自分の方だ。あの時は意図してやり、そうさせていた。子供時代のなんとストレートな表現だろう。  だって仕方ない。  同じ顔なのに、八雲の方が目力があって、内から出るエネルギーに溢れていた。目に見えないキラキラとしたオーラがあって、子供心にも自分達とは違うんだと気づかされていた。  大人から期待され、誰よりも秀でていた八雲。  だから兄弟という特権でこのアルファを独り占めしたかったんだ──  ぼすん、と八雲の隣に腰を下ろす。なに? と言いたげに不機嫌な顔が自分を見る。 「子供の時は八雲を取られたくなくてやってた。今日のはマジ無意識」 「ふうん、無意識なんだ」  意地悪な顔をして、少しだけ嫌味っぽさを醸し出して。八雲は肘掛に頬杖をつき、わざと出雲をじっと見つめて暴こうとする。  再会して、忘れていた感情がどかどかと足音を踏み鳴らしてやって来る。それは自分の意思でも止められないくらい唐突で、速足で、立ち止まる猶予すらないから困る。 「もう見んなって」  むずむずする居心地の悪い感情に、八雲の顔をぐいと押して遠ざけると、更ににやにやして腕を掴まれる。無意識にやっていた自分に気づかされて、どうにも恥ずかしくて顔を逸らす。 「出雲かわい」  掴んだ腕はもがいても離さない、意地悪なにやにや顏の八雲と、顔を隠したくてもがくも、体勢不利すぎて羞恥をなんとか無表情で包む出雲との攻防。  自由になる手を封じ込め微笑する、その余裕たっぷりな態度がむかつく。利き手が自由だったとしても、どうせ八雲の力には敵わない。 「もう怪力! 離せって!」  我慢ならず大きい声を出す。 「手加減してるけど?」  ギプスをはめた手をぶんぶん振り回す出雲を封じても、八雲は息すらぶれない。 「嘘じゃん、全然離れねーし」 「離す気がないからね」  ニヤリ、今日の八雲は意地悪だ。  押し問答をしばらく続けるが、ふと同時に気分も冷めて終了する。何もなかったかのように熱が冷めて、同時に終了するのは双子あるあるだ。 「すげえ、八雲とこんなに腕の太さ違う」  掴んでいた八雲の腕を取ると、それは歴然とした差があった。  無駄な肉のない張りのある八雲の腕。筋肉に沿って筋が通り、皮膚の白い内側には青い血管が透き通って見える。筋肉の付き難い出雲の腕とは一回りも太さが違った。 「双子でも二次性別が違うとこんなに差が出るんだな。今背、何センチ?」 「百八十五」 「えっぐ、何で俺と十三センチも差があんの、一卵性なのにずっる!」 「出雲は身体が弱かったから成長が遅いだけで、まだ伸びるんじゃない? そのうち俺と変わらなくなるかもよ」 「それはないだろー」  一卵性だから顔も耳の形状も、何なら爪の形だって同じなのに。  バランスの取れた体躯も、しなやかにつく筋肉も、張りのある素肌も、艶めく髪も、アルファを象徴する特性だ。誰もの目を惹き、人間的にも魅力に溢れている。  体の作りではアルファという種はどこまでも優位だ。八雲と同じには決してなれない。  どうして自分達は双子なのにカテゴリーが分かれてしまったんだろう。出雲が出会った双子は皆んな性別が一緒だった。テレビで見る双子も、男女の違いはあっても二次性別は大体同じだった。 「俺達の性別が違うのは、意味があると思うけどね」  そんな出雲を、八雲は目を細めゆったりと見つめる。 「何それ、前世でなんかあった的な?」 「もしかしたらアルファとオメガなのに引き裂かれた恋人が、来世は一緒に生きられるよう兄弟で生まれ変わろうって約束したのかもしれない」 「一緒にいられんなら兄弟の方がいいって結論? 極論だよな、確かに繋がりは深いけどさ、」  兄弟じゃあ恋愛はできないじゃんか。なぜか言葉にして八雲に言えなかった。  再会してわかる、八雲という双子の兄弟。  同じDNA、染色体を持つ、自分に一番近い存在。血を分けた自分じゃないもう一人。  彼は出雲にとって唯一無二のかけがえのない、大切な大切なもう一つの命だ。  ずくん、とまたいつかの苦しさが襲って来て、服の上から胸を押さえた。 「どうした?」 「いや、痒かっただけ」  即座に反応する八雲を誤魔化すために、無意味に胸をかく。  何だと言うんだろう。  高二に進級してから起こるようになった体の揺らぎ。まるで細胞を作り替えられているかのような違和感だった。  本当に自分は今も成長期真っ只中で、まだまだ伸びるのか?  じわじわと広がる余韻を打ち消すために「トイレ」と言って出雲は立ち上がった。

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