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第4話

朝の光がカーテンの隙間から差す。眩しくて朔は目を覚ました。 (ここ……何処だっけ?) 天井も壁紙も見慣れていない物だった。 ここは施設でも寮でもない――― (そうだ。冬真さんの家だった) 起き上がるとキャリーケースの中のスマホを取り出し時間を確認する。朝の八時だった。 ついでにジーパンとロンTを取り出し着替える。 部屋のカーテンと窓を開けると、冷たい風が頬を撫でた。 (気持ちいい) 空気の入れ替えをし、簡単にベッドメイキングを済ませ、下に階段を降りていく。 キッチンにはエプロン姿の冬真が居た。 料理をしていたのだろう。美味しそうな匂いが漂っている。 「おはようございます」 「おはよう。夜は眠れた?」 「はい。おかげさまで」 「それは良かった」 「運ぶの手伝います」 「うん」 テーブルに並んだのは、白飯、鮭、卵焼き、レタスとトマトのサラダ、味噌汁だ。 向かい合って椅子に座り、そろって手を合わせる。 「「いただきます」」 味噌汁を二口飲んでから口を開く。 「お世話になってばかりで……すみません」 「気にしなくていいよ。私一人だけだから」 「でも、このままじゃいけないから、住み込みで仕事探そうかと……」 「急がなくてもいいと思うよ。だいぶ疲れてるみたいだし……ここに好きなだけ居ていいから」 「そういう訳には……」 「もし、このままいるのが嫌でないのなら、仕事を手伝ってもらえると助かるかも」 「仕事……? なんの仕事してるんですか?」 「物書きだよ」 「物書き……?」 「うん」 「何を書いてるんですか?」 「まぁ、いろいろかな」 「手伝いって何すれば……?」 「コーヒーを淹れたり、夜食を作ってくれたら嬉しいな。後、案に詰まった時の気分転換を一緒にしてくれたり……かな?」 「僕なんかでいいんですか?」 「うん。他に頼める人いないし……」 「僕、役に立てますかねぇ」 「大丈夫だよ。私が作った料理を美味しそうに食べてくれる朔くんを見てるのも、気分転換になってるよ」 「そうなんですか?」 「うん。可愛いしね」 「―――っ」 顔が熱い。火を吹きそうだ。 "可愛い"なんて生まれてこのかた言われたことがなかった。 何を喋っていいのかわからなくなり、無言で箸を進める。 冬真はニコニコと朔を見つめていた。 「顔赤いけど、大丈夫?」 「へっ?」 声が裏返ってしまい、恥ずかしさが倍増した。 「ふふっ……。本当に可愛いね。見てて飽きない」 朔は視線を逸らし、勢いよく食事を済ませる。 「喉、詰まっちゃうよ?」 「だ、大丈夫です。……ご馳走様でした」 手を合わせ、立ち上がろうとすると、冬真の手が伸びてきた。驚いて朔は、ぎゅっと目を瞑る。 「動かないで。ご飯粒ついてる」 口元のご飯粒を指でちょいと取り、食べてしまった。 どんな顔をしたらいいかわからず、顔を伏せ、冬真の距離感に戸惑う。 (なんか、恋人みたい……?) そんなことはないけど、胸がドキドキする。 冬真といると初めて体験することばかりだ。 今までにないことばかり…… テーブルに並んだ食器を重ね、キッチンに持っていく。 洗い始めると、冬真も食べ終わったのか食器を持ってきた。 「僕が洗います」 「そう? じゃあ、お願いね」 食器洗いをしていると思い出す。いつもすることが遅く職場で怒られていたことを――― 食器洗いもすることがあったが、割ることはないにしても、動作が遅く急かされてばかりだった。 常に人の顔色を伺っていた。なるべく怒られないように……と。 少し震える指先に息苦しくなる呼吸――― ふと、背後に気配を感じ、ハッと我に返った。 振り返ると、冬真はコーヒーメーカーに抽出された珈琲を、マグカップに注いでいる。 「朔くんもコーヒー飲む?」 「苦いの苦手で……」 「じゃあ、砂糖と牛乳を入れてオレにしておくね」 「それなら飲めそうです」 冬真は、マグカップを二つ持ちソファーに腰かけ、ローテーブルに置いた。 テレビをつけて観ている。朝のニュースが流れていた。 洗い物を終え、朔もソファーに座る。 「食器洗いありがとう」 初めて人に言われる"ありがとう"の言葉は嬉しかった。心が温かくなる。 「はい!」 自然と笑顔になる。 冬真の傍には、穏やかな時間が流れていた。 それが心地いい。 けれど、この時間が長く続くとは思えなかった。 (このままじゃ、また同じことになる……) 今まで関わってきた人達のように。 最初は優しかった皆。けれど、次第に怒り始めるようになり、朔を嫌っていった。 (きっと、冬真さんも僕のことが嫌になる……) そんなことには耐えられない。 (嫌われる前に出て行かなくちゃ……) でも、すぐに出ていく勇気が朔にはなかった。

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