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第32話 野菜ジュース ①
朝目覚めると、隣りで寝ているはずのサイモンの姿がない。
外を見ると日はかなり高くまで登り、僕は遅くまで眠ってしまっていたことが分かった。
サイモンは仕事に行ってしまったのだろうか?
サイモンとの仕事は楽しい。楽しいけれど、仕事は仕事。
僕の勝手で出る時と出ない時があっては、ダメなんだ。僕はもう大人。しっかりしないと。
ゆっくりと体を起こそうとすると、頭がガンガンする。
もしかして、これがよく言う『二日酔い』?
頭の痛みと共に、昨日の出来事とが思い出される。
……。
やってしまった……。
初めは楽しいデートだったのに、ビールを飲んでからの僕の行動は……。
馬車の中でサイモンにねだり、淫らに悶え、|御者《ぎょしゃ》さんがいるのに、あんなに声を上げてしまうなんて。
あれは全部媚薬のせいだと言おうか?
でもそんなことをしてしまったら、僕から馬車の中でいやらしいことをしていましたと言うようなものだ。それは絶対にできない。
あ~僕は今日からどんな顔をして、御者さんに会えばいいのか……。
それに部屋に帰ってきてからも、あんなにねだるなんて、僕はどうかしていた。
そうだ!あれも全部媚薬のせいだ!
ベッドに取り付けられている|天蓋《てんがい》を見つめながら考えていると、ドアがガチャりと静かに開く。
足音がしないようにベッドに誰かが近づいてくる。
「だ、誰?」
恐る恐る聞くと、
「俺だよ」
と、サイモンの声。
「可愛い寝顔を見に来たんだけど、もう起きてたんだね」
ベッドのヘリにサイモンは腰をかけ、僕の額にキスをする。
「体調はどう?頭、痛くない?」
本当は大丈夫と言いたいけれど、大丈夫じゃない。
「頭が痛い……」
本当のことを言うとクククと笑われてしまった。
「聞かれたから本当のことを言ったのに、笑うなんて酷い」
唇を尖らせサイモンから視線を逸らすと「ごめんごめん」とサイモンはまた僕の額にキスをして、優しく頭や髪を撫でる。
「二日酔いは辛いな。これを飲むと少しは楽になる」
目の前に出されたのは緑色のドロドロとした粘り気がありそうな飲み物。
明らかに野菜だらけの飲み物だ。
「何が入っているの?」
「セロリを中心に緑の野菜。リンゴと蜂蜜で飲みやすくしている」
さらっと言われるが、僕はセロリが大の苦手。
「飲まなきゃ、ダメ?」
「ダメだ。頭痛がするんだろ?」
「するけど……」
飲み物の香りを嗅ぐと、野菜独特の青い匂いがする。
「俺も二日酔いの時は飲んでる。これ飲んでしばらく寝てたら、すっきりするぞ。保証する」
ぐいっと飲み物を口元に近ずけられたら、飲むしかない。
片方の手で鼻をつまみ、もう片方の手で緑の飲み物を流し込む。
ドロドロしているので、いつも飲む飲み物より飲みにくい。
それに鼻をつまんでいるにも関わらず、セロリの臭いが強烈にする。
これは一気に飲んでしまわないと飲めないやつだ。
ぐびぐびと全部飲み干した時には、口の中が野菜の味しかしない。
「はい、これで流し込む」
今度はミルクを手渡され、大急ぎで口の中に残った物を流し込んだ。
ミルクには少し砂糖が入っていたみたいで飲みやすく、口の中の匂いが消えていく。
「本当だ!」
ー少しだけなくなったー
本当は『少しだけなくなった』が本当なんだけれど、サイモンがあまりにも僕からのいい答えを期待していた目をしていたので、匂いが消えてないと言うのはかわいそうで、本当のことは言えなかった。
「だろ?これであと少ししたら良くなる。それまでいい子で寝てるんだぞ」
口角に飲み物が着いたのだろう。
サイモンはそれをぺろりと舐め取り、
「いい子で寝ているんだよ」
ちゅっと僕の唇にキスをしてから部屋を出て行った。
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