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第50話 零士 実家に帰る
久しぶりに実家に顔を出した。家は合気道の道場をやっている。
零士は子供の頃からこの環境で育ったが、合気道の宗教臭さがどうしても好きになれなかった。
戦わない武道と言われている。極めて平和的な格闘技だ。それでも、とてつもない破壊力を秘めている。零士もケンカは負け知らずだった。
線の細い繊細なイケメンは何かにつけて舐められがちだったが、合気道が身を助けてくれた。
零士を知る者はみんな一目置いた。
「ただいま、帰りました。」
母が迎えてくれた。この母から溺愛されて育った、が、零士はなぜか、他人行儀だ。
(俺は肉親に対して情がない。
突然変異の子、だ。)
「お変わりないですか?」
母は腫れ物に触るようにオドオドしている。
「父は?」
「道場にいますよ。フランに稽古を付けてるわ。」
内弟子のフランはフランス人で,長い名前を嫌って、みんながフランと呼んでいた。
「あいつ、まだ,いるんだね。」
零士を見つめる目が熱い。それも実家に帰らない理由の一つだった。10才年上。もう33才になる。
「零士、会いたかったよ。」
飛んできてハグする。そしてベーゼ。
「やめろよ。ここは日本だ。
そういうの、ダメだよ。」
フランは名残惜しそうに離れた。
「父さん、ただいま帰りました。」
袴姿の父は相変わらず、静かな物腰で近づいて来た。
「おまえは今、何をしているのだ?」
「ちょっと水商売をやってました。
もう辞めてきました。求職中です。」
「では、帰って来るのか?
主治医はなんと言っておる?」
「あ、主治医を変えました。
病気は完全に治ったと言われした。」
「フン、信用できんな。
おまえはまた、脈絡もなく暴れ出すのだろう。
薬は飲んでいるのか?」
零士は龍一から、一切の薬の処方は無かった。
父は薬さえ飲んでいれば、と思っているようだ。
あの秋吉の洗脳が親にまで及んでいる。
「今度の先生はどんな方?」
「うん、立派な人だよ。
T大病院の精神科の先生。この前、診察を受けたばかりだ。薬はもういらないんだ。」
「お父さんと一緒にその先生に一度お会いしたいわ。」
「僕も同席するよ。」
「は?何で?フラン、アンタ関係ないだろ。」
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