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第58話 主治医

 零士の親が新しい主治医を紹介しろ、とうるさい。  あの翌日、零士と草太は家を見つけた。古い空き家を丸ごと一軒借りる事にした。  音大に通う娘さんのために完全防音のピアノ室が作られた家だった。その娘さんは結婚して東京で子育て中だと言う。家の持ち主は娘さんの所で同居するので、ここは空き家になっていた。  すぐに零士がアップライトピアノを買ってくれた。 週に3回、レッスンに通う。集中して厳しいレッスンメニューだった。  やっと生活ペースができた所で、零士の親の要求だった 龍一に連絡して、親と会ってもらう。 「コケオドシでも、大学病院がいいね。」  T大病院はビッグネームだ。 新居も見たいと、診察前に訪ねてきた。あのアレックスも一緒だ。 「おまえ、関係ないだろ。 人のプライベートに顔突っ込むなよ!」 (ヤバい。親にカミングアウトしてない。 草太のことはなんて言おう?)  龍一に外来の予約を取ってもらった。午後の遅い時間だった。4時から。  親は、その前に家に来ると言う。  草太も緊張して朝から落ち着かない。 「来たぞ、零士。ボロい家だな。」  遠慮なく親父が言い放つ。 アレックスが 「古くて趣があるよ、師匠。」 「いらっしゃい。上がって。」  親父はギロリと草太を見た。 「初めまして。」 「同居人の泉草太だよ。大学の後輩。」 「おまえたち、二人で住んでるのか?」 「ああ、俺の伴奏をしてくれるんだ。 俺、今ボイストレーニングしてるんだよ。 草太もピアノレッスンしてる。」 「なんだ、音楽でもやるのか?」 「うん、まあね。」 「で、仕事は何をやってるんだ?」 「草太は学生だよ。」 「零士、おまえの事だ。」  気まずい沈黙が流れた。 「師匠、零士も学生でしょ。 アルバイトはしてるだろうけど。」  アレックスに助けられて、しどろもどろになりながら、 「モデルだよ。モデルやってんだ。」  親父は疑いの目で見てきた。 台所の梅干しを見て母は、 「あなた、零士は大丈夫ですよ。 安心したわ、梅干しなんか食べてるのね。 偉いわ。身体にいいのよ。」  草太のばあちゃんの梅干しに救われた。

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