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第62話 人はすぐには変わらない
店が終わるとジャズバーに行く。暗黙の了解が出来ていた。
姫の目があるから、二人一緒に帰る事はない。
バーで待ち合わせる。バンマスも遅い時間に来る。
「いらっしゃい。ピアノは上達したかな?」
「櫻子先生が厳しくて、指が痙攣してる。」
「零士はブルース歌えるようになったかな。」
ドアを開けて徹司が入ってきた。
「何だ、徹司か。」
「何だよ、零士はまだなの?」
「うん、店を出る時はいなかった。」
「大丈夫か?零士と仲良くやってるのか?」
「うん、まあ。」
引っ越してから徹司に新しい家を教えてなかった。
「今度遊びにおいで。」
メモを渡した。
「住所、ナビに入れといて。いつでも来れるように。」
車を持っている徹司に言った。
「二人の愛の巣にお邪魔していいのかな。
草太、ピアノやってんだってね。
中学の合唱祭でいつも伴奏してたよな。」
「ああ、すごく恥ずかしかった。」
「懐かしいな。大地讃頌、とか。
俺、今でも歌えるぜ。」
バンマスが来た。
「零士はいないのか?」
「ええ、まだです。」
バンマスは手に楽譜を持っていた。
「草太、弾いてみるか?」
店のピアノに向かった。
「ひゃあ、難しいです。」
「肩の力を抜いて、ダラーって感じで弾くんだよ。たくさん酒でも飲め。」
「この楽譜、手書きだ。
バンマスが書いたんですか?」
「そう。俺のブルースだ。」
歌詞もあった。バンマスのオリジナルだ。
「おまえ等のために作ったんだ。
イメージは、朝日のあたる家、だな。」
バンマスがギターを弾いて歌ってくれた。
渋いいい声だ。ブルース向きの声。
気だるいムードがいい。
いくら待っても、その夜、零士は帰って来なかった。草太は一人、一睡も出来なかった。
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