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第89話 ブルース

 あのジャズバーに来た。ボーイズバーで働いて真っ直ぐ帰る日々だったが、久しぶりにバーに寄った。ブルースな、気分だった。 「いらっしゃい。 草太はピアノレッスン,サボってるんだって?」 「あ、うん、最近悩みが多くて気持ちが乗らなかったんだ。でも,今夜はブルースな気分だ。」  詩をいくつか書いた。拙いピアノに乗せて歌って見る。素人の未完成。 ♩曇り空に悪魔が降りて来て言うんだ ♩おまえは普通じゃない ♩誰にもわかってもらえないだろ ♩でも言わなければ ♩愛した人が男だった ♩忘れるなんて出来ない ♩悪い事だと思わない ♩なのになぜ、大切な人たちを泣かせる? ♩人間は生きてるだけで罪深い。 ♩この罪はどうしたら消せるのか ♩悪魔が黒いマントを広げる ブルースの気怠いメロディーで歌われるどこか悲しい歌。 「生き方そのままだね。ツラいな。 愛した人が男だった、なんて。」  マスターがそう言った時、バタンッとドアを開けて零士が入って来た。 「草太っ、一人で抱え込むな! 何のために一緒にいるんだよ。 苦しみを分かち合うためだろ。」  抱きしめる。 「徹司の結婚式に行かなければならないんだ。 マスター知ってた?美咲ちゃん、赤ちゃんが出来て徹司と結婚するんだ。」 「田舎だから、親戚縁者一堂に会する。 非常にデリケートな立場になったんだよ。」 草太の声に零士が、 「俺が行かなきゃいいんじゃね? 草太一人で帰郷して、親戚縁者に何食わぬ顔をして会えば?」 「徹司がこの機会にカミングアウトしろって言うんだ。」  本当に愛し合って添い遂げるのなら、親にきちんと話をつけろ、と言う。 「刺青まで入れたんだ。死ぬまで一緒、なんだろう?」  草太は逃げ隠れしたくない。 数日後、山形から連絡が来た。なんとばあちゃんが親父を説得してくれた。  ばあちゃんの提案だった。 「おめらほ、愛すあってんなら、いっその事、 結婚式挙げてしまえ。」  と言うものだった。

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