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第97話 ジャズバー
「すごかったね、新宿抗争。
俺たち戦争知らないけど、あんなに怖いものだったのか。」
ネットで動画が拡散されていた。消されても消されても動画は上げられた。
「デジタルタトゥー、舐めんな。」
テレビや新聞が報道しない真実を、ネットが暴く。
「ネットがなかったら、あたし達、何も知らされないままだったよ。」
「ヤクザが悪い、悪い人たちだ、右翼は迷惑だ、って一方的な情報。」
そんな事しか知らされない情報の統制は怖い事だ。バーに来るお客さんのほとんどは、70年代、学生運動が激しかった頃、若者だった。団塊。
「俺らの時代は、新左翼って言ってたなぁ。」
「俺はそれにも懐疑的だった。
ソ連や中国、北朝鮮がユートピアだとは、どうしても思えなかった。
飛行機乗っ取ってまで北に行きたかった若者は、俺には理解できない。」
「詐取されている、と感じていたんだ。」
「それは今でも変わらない。」
「搾取する奴らが政治家になるんだ。」
「一概には言えないだろ。」
「俺たちを全共闘世代と一括りにするのはマスコミの陰謀だ。」
マスターが
「盛り上がってますねぇ。」
ジャズを聴く世代にはきっと思う事がある。
心に持っている青春の苦い思い。
「ブルースだねぇ。」
「心に引っかかるのは、熱い思いと、不完全燃焼の青春だ。」
「今思うと何に反論してたのか?」
「体制、という仮想敵を作り出していたんだ。」
「いつだって、過ぎてしまえば懐かしい。
でも、いい時代なんて無かったなぁ。」
「いつも,渇望していた。何に?」
「だから俺たちはジャズを聴く、ブルースを歌う。」
「ボブ・ディランだって若い頃は尖ってた。
マイルス・ディビスだって様々な音楽に挑戦してた。岡林信康だってあんなに響く歌を歌ってた。」
「夜明けは近い、って?」
「本や映画が師匠だった。
遠い夜明け、っていう映画があったな。
黒人の映画。」
「ビリー・ホリディも壮絶な差別を受けた。
ストレンジ・フルーツ、奇妙な果実。
衝撃的だった。果物のように木に吊るされた人間。黒人の歌。」
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