3 / 13

第2話「穏やかな日々」1/2

  「ハルさん、こんにちは」  呼びかけられ、ハルは顔見知りの商人のミロに微笑む。この暮らしで関わる人達には、「ハル」と名乗ることにしている。父母が生前、呼んでいた愛称だ。  たまに訪れるこの場所は、ハルの住まいからしばらく歩けば辿り着く、酪農と農業で成り立っている穏やかな町だ。ハルは、馬に乗せてきた荷物を降ろすと、中から美しい花と野菜を出してミロの前に並べた。 「ハルさんの花と野菜、すごく評判がいいんですよ」  品物を見ていたミロがハルを見上げて笑う。ハルは、それはよかった、と微笑み返した。花と野菜を買い取ってもらい、代わりに暮らしに必要なものを手に入れたところで、ミロが周りを見回した。 「ヴァロとウニは今日は来てないんですか?」 「ああ、子供たちが遊んでくれてる」 「二匹、可愛いですもんね」  クスクス笑うミロに、ハルも微笑んで、そうだなと返した。  湖のほとりの家は、もともとはボートを貸していた者が住処にしていた場所だった。戦が始まるまでは、湖にも人が来て、ボート遊びを楽しんでいたらしい。戦争がはじまり、国境付近の湖は当然遊ぶ場所ではなくなった。ボートの貸出もなくなり、住んでいた人間もどこかに行ってしまったらしい。  一番近いこの町で聞いても、もはや誰のものでもないということだったので、手直しを頼み、ついでに馬と牛の小屋、鶏小屋と、畑を整備してもらった。  住み始めて飼ったのは、犬二匹、馬を二頭、牛を一頭、鶏を二羽。その中で、馬は移動手段、牛と鶏は乳と卵と必要に応じたのだが、犬だけは生活手段としてではなかった。  もふもふとした柔らかい毛並み、短めの脚、ぴょこんと立った耳、つぶらな瞳。可愛らしすぎる犬が、自分に似合わないのは百も承知だが、どうしても飼いたかった。 「呼んできましょうか、子供たち」 「ああ、いいよ。探しにいくから」  顔を上げて、辺りを見回すとちょうど、町の子供達と犬達が戻ってきた。楽しそうに駆けてくる姿に、顔が綻ぶ。 「ハルさん、もう買い物は終わり?」  子供たちが楽しそうに声をかけてくる。 「今度はいつ来る?」 「また近いうちに来るよ」  ハルが答えると、子供達は嬉しそうに笑う。ミロがハルに視線を向けた。 「ハルさんが来てくれると、町の皆が喜ぶんですよ」  社交辞令なのか、そんな風に言って笑うミロに、なんと言っていいか分からず、ただ少し笑って見せた。  ――まだ慣れない。  ほんの少し前までは、鎧を着て戦っていて、怖れられていた。強い騎士は味方の大人たちにとっては頼もしい存在だったかもしれないが、敵や幼い子供たちにとっては、それはもう恐怖の対象だったはず。けれど、鎧を脱いで普通の民の服装で、この可愛い犬たちを連れていると、周りの反応が全然違う。 (2025/8/2)

ともだちにシェアしよう!