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第5話「甘やかされ」

 ◇ ◇ ◇ ◇  ――翌日。  差し込む眩しい光を感じて目覚めると、クロウの腕の中だった。 「あ」  焦って起き上がろうとしたら、腕を取られてうまく組み伏せられ、自分の上に居るクロウをただ見上げるはめになり、カッと赤面する。 「やっと目が覚めたな」 「……おは、よう」  顔が熱いことに戸惑いながらハルが返すと、柔らかいキスが降ってきた。  クロウの大きな手の平が、ハルの下腹部を撫でる。 「昨日、奥まで入れすぎたか?」  クスッと笑って、見つめられて、一気に真っ赤になるしかなかった。 「……っ……から、かうな」 「――悪い。可愛くて」  低く笑う声に、なんだかどうしようもなく魅かれる。 「中は清めておいたから、妊娠の心配はないから」 「清めて……?」  聞き返すと、クロウが触れている部分に、柔らかい光がともる。 「こんな風に、な」 「……清めの魔法が使えるのか?」  ああ、と微笑むと、クロウはハルを片腕に抱いて、横になった。  ――清めの魔法は難しい魔法で、きちんとした訓練を受けないと使えない。位が高い人間の雰囲気ではないし、アルファではあるがかなり異質な感じがするけれど――もとは身分の高い出身なのかも……?  ハルがそんな風に考えていると、クロウがハルを見つめてくる。 「まだ早い。犬たちも、もう少し待てるだろ?」 「……ああ」 「もう少し寝て――そうしたら、朝食を作ってやるよ。昨日閉め出した犬も、散歩に連れて行ってやる」  額にキスされて、そんな風に囁かれる。  こんな風に自分がされるなんて、考えもしなかった。なんと言ったらいいのか迷って、それから、ん、と頷いた。 「髪、柔らかくて……綺麗だな」  髪を優しく撫でられているうちに、ウトウトして眠ってしまった。  そんな風に自分がされていることが、ものすごく、不思議だった。  ◇ ◇ ◇ ◇  目覚めると、朝食が出来ていた。見知らぬ人間の作る食事に、いままでの癖で、多少は警戒しながら口に入れる。 「……美味しい」 「だろ?」  クロウの作ってくれた料理は、嘘みたいに美味しかった。 「料理なんて、しなそうなのに」 「色んなとこを旅してきてるからな。旅は基本一人だし、飯はちゃんと作るからな」 「そうか……本当に美味しいな」  ハルが心底感心してそう言うと、クロウは、その外見の印象には似合わず、照れたように柔らかく微笑んだ。なんだか……警戒して悪かったなと、思った。  食事を終えると、一緒に散歩に出かけた。 「ハルは寝ていればよかったのに」 「大丈夫だ。歩ける。というか、犬達が懐いてないのに散歩は無理だろ」  そう言うと、そんなこと無いぞ、とクロウが言う。不思議に思うハルの前で、クロウがしゃがむと、二匹はクロウの差し出した手にまとわりついて尻尾を振っている。ハルが寝ていた朝の間にこんなに懐いたのかと驚いていると、な? とクロウがハルを見上げた。 「昔から、動物には好かれるんだよな」  笑うクロウに、ハルもまた微笑む。 「クロウは、どこに行くところだったんだ?」 「ああ。オレは、旅をしているんだ」 「旅か……目的は?」 「流浪に旅をしているだけだ――護衛のような依頼を受けながらな」 「……そうか」  そういう人間が居るのは知っている。クロウの縛られない生き方を、少し羨ましく思いながら頷いた。  湖のほとりに出て、二匹を走らせながらゆっくりと歩く。 「ボート小屋があるんだな」 「今の家も、元はボート小屋の管理人の家なんだ。戦で、ボート遊びなどは出来なくなって、空き家になったらしい。近くの町で聞いたら好きにしていいと言われたから、修繕してもらって住み始めた」 「戦が終わったから、またボートに乗りたい奴も出てくるかもな」 「そうだな。ボートも直せば乗れるかもしれない」  湖に視線を向けて、ハルは微笑む。 「平和な光景が戻っていくといい」  その為に戦ったのだから。言葉には出さずに、ハルがそう思っていると、クロウはハルをまっすぐ見つめた。 「――ハル」 「ん?」 「しばらく……ここに、居てもいいか?」  その言葉に、ハルはクロウを見つめ返す。 「オレのは、急ぐ旅ではないんだ。少し旅に疲れた……ハルが許してくれるのならば、一緒に居たい」  意外な言葉に、ハルはクロウを見つめる。  クロウが旅をしていると聞いた時、すぐにどこかに行ってしまうんだと思って、少し寂しく感じた自分に、気付いていた。  クロウの言葉を、断るという選択肢が浮かばない。 「オレも、少し訳があって、しばらくはここに居るつもりなんだ。クロウが旅を休む間くらいなら」 「じゃあ決まりでいいか?」 「ああ」  ハルは自分に戸惑いながらも頷いた。 「よろしくな?」  不意に嬉しそうに笑ったクロウの顔に、心臓が少し跳ねて、ハルは戸惑いながら頷いた。  とはいっても、最初は、少し警戒はしていた。体の関係は持ってしまったけれど、与えられる快感と、クロウを信じていいかは別の話だと考えていた。  けれど、その警戒も、長くは続かなかった。  クロウは流浪に旅をしていたというだけあって、各地の美味しい料理を知っていてふるまってくれ、ハルにも教えてくれた。一緒に作るのも楽しかった。  その内、ハルの剣の稽古にも付き合ってくれるようになった。  クロウの剣は、空気を切り裂く音を奏でながら美しい弧を描く。数えきれない位の時間、きちんと訓練をしてきたことが分かる動きだった。動きを先読みする力、俊敏な動き。剣を振るう時に鋭く光る瞳に、惹きこまれそうになる。  本気でやったら負けるかもしれないと感じる張り詰めた稽古は楽しかった。ハルのことを殺す気なら、隙をつけばいつでも殺せるだろう。それをしないクロウに、最初抱いていた僅かな警戒心も解けていった。  ハルと一緒に畑の世話もし、二匹の犬や飼っている動物たちのことも、とても可愛がってくれた。そして極めつけが、いつも嫌と言うほどにハルのことを可愛いと言い、キスをしてくる。キスで収まらなければ、ベッドに連れ込まれて、愛される。  ヒートで一人苦しむこともなくなった。  ドロドロに甘やかされて、溶かされるような日々だった。

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