8 / 13

第6話「飽きるまで」

◇ ◇ ◇ ◇ 「クロウ?」  夕食を片付けている間に、クロウの姿が見えなくなった。探しながら家を出ると、馬舎で馬を撫でながら、歌を口ずさんでいるクロウを見つけた。  ―――歌ってる声、初めて聞いた。  初めて聞く優しい歌にハルの口元が綻ぶ。  もう少し聴きたいと思ったのに、後からついてきたヴァロとウニが、クロウの元へ駆け寄ってしまった。歌を止めて、二匹を振り返るクロウと目が合った。 「来てたのか」 「ん。今の、どこの歌だ?」 「――ああ。祖国の歌だな。自然と出てたか」  くす、と笑うクロウはしゃがんで、まとわりついている二匹を撫でながら、ハルを見上げた。 「そういえば、こいつらの名前はどういう意味なんだ?」 「遠い国の言葉で、ウニが夢で、ヴァロが光だ」 「へえ。良い名だな」 「そう思うか?」 「思う。ハルらしい」  ハルらしいと言う程知らないのに、と思いながらも、クロウがそう言ってくれるのがなぜか嬉しく思えた。微笑むハルに気付き、クロウは立ち上がった。 「今、すげえ可愛い顔してる」  馬や犬を可愛がって撫でるみたいに、ハルの金の髪をくしゃくしゃと撫でて、甘く、口づける。 「……可愛くない」 「可愛いよ」  引き寄せられて、口づけられる。  ――ああ、なんか、駄目だな、これ。クロウに依存してしまいそうだ。  オレのことを何も知らず、ただ、今ここにある自分を、動物を愛でるのと同じように、ただただ、可愛いと言ってくれる。  こんなことがそんなに嬉しいとか、自分で自分が、よく分からない。 「なあ、たまには外で酒でも飲むか?」  そう誘われて、ハルは頷いた。犬達を家に戻してから、つまみと酒と布を持って、湖に向かう。地面に布を敷き、湖の方を向いて腰を下ろす。グラスに注いだ酒を少し飲んで、ハルはふと息をついた。 「夜は少し冷えてきたな……」  ハルがそう言うと、何を思ったかクロウが立ち上がる。不思議そうに振り仰いだハルを、クロウは後ろから抱き締めて、座り直した。 「あたたかいだろ?」  笑みを含んだ声で言われ、心臓が弾んだ気がして、ハルは黙った。顎を取られ振り返ると、笑んだ唇にキスされる。とても幸せな気がして、瞳を開けてクロウを見つめると、クロウ越しに、夜空一杯の星が目に映った。 「クロウ……」 「ん?」 「すごく、星が綺麗だ」 「――そうだな」  再びキスしてから、ゆっくりと唇を離すクロウ。ハルはすっかりクロウに寄りかかる形で抱き込まれ、二人で星を見上げた。少しの沈黙の後、ハルは静かに話し始めた。 「父が亡くなって兄が伯爵家を継いだ頃、国王が、周辺の国を制圧して平和な国を作ると、改めて宣言したんだ。オレは、自分の全てを賭けて、それを一緒に成したいと思った」 「それで騎士になったのか」 「ああ。一人の騎士として必死で戦って気づいたら七年が経ってた……長いこと、こんな気持ちでは、星も見なかった」 「セルフォラ王国は、勝ったんだろ?」 「ん。……オレも結構、活躍したんだよ?」 「そうだろうな」  静かな声で答えるクロウに、ハルは小さく笑ってから、視線を落とした。 「人を、たくさん殺した――後悔はしていない。国王と国のために戦った。敵も何かしらの目的があって命を懸けた。国王は凄い人だから、敵味方関係なく、死んだ多くの人達の分も平和な国を作ってくれると信じているし、それを助けたいとも思ってる……ただ、騎士団の中で、オメガを隠すのはかなり大変で……」  そこまで言ってハルは少し黙った後。「話し過ぎたかな」と苦笑する。 「愚痴のようだったな。すまない」 「謝るなよ――ハルは外も内も美しいなと再確認しただけだ」 「……美しくないよ」  苦笑して振り返ったハルに視線を合わせて、クロウは言った。 「戦でやむをえず殺した人を思うハルが好きだよ」 「――――」  まっすぐな言葉に、なんだか言葉が出せず、ハルはクロウの黒い瞳をじっと見つめる。 「平和な国を作るためだから後悔はしていないというハルもな。心が美しいと思う」 「――恥ずかしいし。そんな大したことじゃない、よ」  静かに笑うハルの頬に触れて、クロウも微笑む。 「クロウは、なぜ旅をしてるんだ? 元は騎士だろ?」 「分かるか?」 「剣の使い方とか……何となく」 「――随分前の話だが……。オレの国は大分離れた所にあるんだが……国王が、自分の為だけに他国を侵略するような人間だった。オレは貧しい平民の出で、家族も早くに死んだんだが……アルファだったおかげで騎士団に入れて、最初はそれが誇りだったし、疑うこともなく国王を守り戦った」 「――」 「だが、ある時気付いたんだ。オレがしたいのは、こんな奴を守って戦うことじゃないと思った。それで国を離れた。……しばらく後、王弟が内乱を起こしたのは聞いた」  静かなクロウの声に、ハルは頷いて、息をついた。 「――生まれる国や家が違うだけで、先の運命も違うよな……」 「そうだな。オレとお前も、本当ならこんな風にしていられるはずはない。……でも、今は一緒に居る。不思議だな?」 「そう、だな」  それきり二人とも言葉を発さず、ただ星空を見上げていた。静かにクロウが先程の歌を口ずさむ。クロウを振り仰ぐと、クロウは歌を止めて微笑んだ。 「続けてくれよ。聞きたい」  そう言うと、クロウは続きを口ずさみながら、ハルを包むように抱き締めた。  本当に不思議だと、ハルは思う。自分みたいなオメガを、こんな風に可愛がってくれる人が居るんだと――クロウに惹かれていく自分に気づいてはいた。もしかしたら。最初からだったのかもしれないとも思う。  それでも、今だけの関係だと自分に言い聞かせる。  クロウはいずれ旅に出るだろうし、ハルも結局は騎士団の団長に戻るだろう。だから今だけ、クロウが飽きるまで居られればいい。  そんな風に思う日々が続く。

ともだちにシェアしよう!