9 / 13

第7話「突然の」

 ある日、クロウと一緒に買い物に行くことになった。いつものように町の人達と話をするが、クロウを見ると、皆、目を丸くしている。  ハルはそれが可笑しくてならず、クスクス笑って、クロウにジロリと軽く睨まれる。 「縁があって、今、一緒に暮らしているんだ」  そう言ったら、皆はさらに驚いた様子だった。  クロウが犬たちを見てくると言って少し離れた時に、町の皆に囲まれた。 「ハルさんハルさん!」 「うん?」 「こういっちゃなんですけど、得体が知れないにもほどがないですか?」 「あの人、大丈夫なんですか?」  なんだか、真剣に心配されているみたいで、苦笑が浮かんでしまう。  大丈夫だよ、と話すが、納得いかないらしい皆にあれこれと質問をされる。  しまいには、ぷ、と吹き出してしまった。 「まぁ、確かに得体がしれないから、心配されちゃうかもね」  苦笑しながらハルがそう言った時、「確かにじゃねえだろ」と、後ろから声がかかった。皆が驚いて、声も出せずにいると。  クロウが苦笑いを浮かべながら、ハルの隣に並んだ。 「まあ……クロウは、見た目ほど悪い奴じゃないからさ」 「お前、庇う気、ねぇのかよ?」 「一応庇ってるつもりだけど」  ハルが笑い、クロウも続いて笑う。すると、皆がようやく少し安心したような笑みを浮かべた。ハルは、ふ、と笑いを収めて、じゃあまた来ると、別れを告げた。  その帰り道、クロウは不意に、可笑しそうに笑い出した。 「オレ、完全にあやしい奴扱いだったな。ハルさんと居る変な奴は誰だって……皆がそんな感じだった」  そんな言い方に、ハルも苦笑する。 「でもオレも最初は怖がられたからな。だから、休暇中の騎士だと伝えたんだ。それでも今も珍しそうに見られる。向こうも困っているんだろうが、どう接していいかまだ迷うよ」 「……珍しそうに見られるって?」 「え?」 「向こうは困ってないだろ。むしろ、お前に見惚れている奴らばかりだった」 「……?」  見惚れる? 不思議そうなハルを見つめて、クロウはクッと笑う。 「――お前、よくこれまで無事だったな」 「何が?」 「貞操、よく守ったなって話」  クロウのそんな言葉に、少し黙って考えてから、ハルは首を傾げた。 「守ったというか……貞操の危機なんて全く無かったよ」 「――ははっ」  クロウは可笑しそうに笑う。「え?」と振り仰ぐと。 「オレ、お前の周りにいた奴ら……アルファどもに同情する」 「何が……クロウ? 何を笑ってるんだ? 意味が分からない」 「はは。なんだかな、お前……」  クロウはハルの首に手をかけて、引き寄せた。 「本当に、可愛いよな」 「……馬鹿にしてるのか?」  ハルが眉を寄せて睨むと、クロウは苦笑した。 「してない。早く帰ろうぜ」  笑いながら馬の手綱を引くクロウ。よく分からないとため息をつきながらも、ハルも微笑んで歩き出した。 「ハル」 「ん? ―――……」  背を屈めるようにして近づいてきたと思ったら、唇が触れてきた。 「急に、こんなところ――」  こんなところで、誰かに見られるだろ、と言おうとした唇は、笑みを浮かべたクロウの唇に奪われる。  それでも、ハルは、それ以上は抵抗はしない。  出逢ってそんなに経ってもいないのに、こういうことに、慣らされてる。  そんな自分が、本当に不思議だった。  ――クロウとの日々は、とにかく穏やかだ。  戦うことなく、本当にただ普通に生きる、笑顔でいられるこんな日々が久しぶりなのと。  何よりも、他人に、自分の体をすべて預けるなんてことは――人生で初めてだった。  こんな日がいつまで続くんだろう――少しでも、長く続けばいい。  そんな風にハルが思った、その夜。  ある事件が起きた。  家に帰り、夕食を終えて片付けようと立ち上がった時だった。  クロウが不自然に動きを止め、ハルがその様子に気づくと、声を出さぬよう制された。 「窓の外で影が動いた」  緊迫した雰囲気でクロウが囁く言葉に、一瞬で理解し、ハルは頷いた。静かに移動し剣を取って扉の前のクロウに近づく。扉の取っ手を掴みながら、クロウが振り返った。 「オレは扉を出て、左に行く」 「オレは右に」  短く言って頷き合うと、扉をゆっくりと開けたクロウが先に足を踏み出す。ハルも外に出て、家の壁を背に立った。  月明かりに照らされたいつもの風景。   けれど、今夜は違う。ピリピリとした張りつめた緊張が走る。  目くばせを交わすと、互いに逆方向へと、進み始める。    強盗の類か? ……無くはないか。  一瞬たりとも油断せずに辺りを見回す。家の角を曲がり、更に進んでいく。  風が吹くたびに樹々がざわめく。

ともだちにシェアしよう!