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第8話「元に戻るだけ」

 目の前にいる敵を倒す戦の場に比べて、どこから何人が、どんな武器で襲ってくるかわからない今とだと、圧倒的に、今の方が戦いにくいなと感じる。ことさら慎重に次の角も周り、家の外周の半分は異常無し。  クロウの方か。急ごうと思った瞬間、剣を合わせる音がした。瞬間的に走り出す。角を曲がると、クロウの後ろ姿。誰かがその足元に倒れていた。  倒したのかとホッとして「クロウ」と声を掛けると、振り返ったクロウの頭上に月が見える。何だか一瞬、一枚の絵のように見えて、目を細めた時。木の上に人影。何かの武器で狙っている。咄嗟に魔法を唱えた。剣に炎を乗せ、鋭く弧を描いて空を切る。炎に捕らわれた敵は木の下に崩れ落ちて、もう動かない。そちらを振り返ってから、クロウは辺りを見回しながらハルの元に歩み寄った。 「蒼い炎、見事だな――助かった」 「いや……話はしたか? 誰なのかは」 「分からない――端から殺す気満々で来たから倒した」 「そうか」  仕掛けてきたのは相手で、殺意は明らかだった。それでも――また人を斬ってしまったな、と俯いたハルを、クロウは抱き寄せた。 「魔法の瞬間、蒼く光るお前の瞳」 「――?」 「本気で惚れるな」 「また馬鹿なことを」  苦笑して見上げると、クロウの手が頬に触れる。 「お前を狙ってる奴、本気でたくさん居ただろうな」 「まあ……人を多く斬ってきたからな。恨まれてはいる」 「――ん?」 「ん?」  二人、間抜けな顔で見つめ合う。クロウは苦笑した。 「違う。そういう意味じゃねえよ」 「どういう意味だ?」 「昼間も言っただろ。騎士としてのお前も、普段の可愛いお前も。好きな奴はたくさん居ただろうなって意味だよ」 「そんな意味なら、無いよ」 「自覚ないのが、ほんと……そこまでくると迷惑だな」 「迷惑……?」  意味が分からないなと、眉を寄せるハルに、ふ、と可笑しそうに笑いながら一度キスをして、クロウは倒れている二人を見下ろした。 「離れた所に埋めてくる。お前は家に入ってろ」 「オレも行く」 「いい。こういうのは慣れてる。一人の方が早いからオレがやってくる。馬を借りる」  そう言うクロウには有無を言わさない迫力があり、ハルは言い返せないままに家に押し込まれた。仕方なく夕食の片付けをしながら、クロウを待つ。  ……慣れてるって何なんだよ。一緒に行けばよかったと、ハルはため息をついた。  さっきの奴らは、ただの強盗じゃない。木の上から、飛び道具で狙うなんて、暗殺を稼業にしてる奴くらい……。オレを狙った? クロウ?   二人ともに狙われる理由はありそうだ。  ――今日、町で見つかったのか?   そう思うと、この生活も長くはない気がしてくる。  しばらくして帰ってきたクロウは、扉を開けたハルの前で、清めの魔法を自分にかけた。 「ハル」  不意に抱き寄せられて、唇が重なる。  なんだかいつもより少し強引なそれに――心臓の音が速くなる。 「――クロウ……?」  顔を見ようとした頬に手がかかって、その手が後頭部を包む。 「……ッん――ふ……」  何度も、繰り返される、深いキス。  キスだけで、体の奥に熱が灯る。息があがって、は、と浅く呼吸をすると、また塞がれた。  クロウはそのまま、ハルを寝室に引き入れた。ベッドに押し倒されて、深く口づけられる。 「……っん……っ」  クロウに触れられると、すぐに受け入れる準備をしてしまう体。  それでもいつもは嫌と言う程にハルを慣らすのに、今日は違った。  性急に体を開かれて、奥まで入れられた。 「……ン、ぁ……っ……あッ……」  いつも以上に激しい。それでも、それを快感と受け止められる。  それくらい、クロウに抱かれてきていて――――その抱き方がたまらなく好きなんだと、ハルは思い知る。 「……クロ、ウ」  呼んだ唇を、また塞がれて、舌が絡む。どんどん熱くなっていく。  涙が滲んで、目を伏せると、零れておちていった――。 ◇ ◇ ◇ ◇  嵐みたいな激しい時間が長く過ぎて、ぐったりと横たわったハルの髪を優しく弄りながら、クロウが静かに言った。  「番にならないか」と。  しばらく考えてから、ハルは、無理だと答えた。  自由なクロウ。騎士団長の番なんて欲しくはないだろう。  自分と居ると、クロウにも迷惑がかかる。今夜みたいなことも、またあるかもしれない。  クロウはしばらく後、「分かった」とだけ呟いた。  そして、その翌朝。  ハルが目覚めるのを待っていたクロウは身支度を完全に整えていた。  ハルが起き上がると、しばらく出てくる、と言った。  もう帰らないかもしれないと思いながらも、ハルは何も言わずに頷いた。  そんな気がしていた。  番の申し出を断ったんだ。当たり前だ。むしろ居られても気まずいし、困る。  これで良かったんだ。  クロウが居なかった日々に戻るだけ。  そう思い込むことにした。  そうすることしか、できなかった。

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