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第9話「解放」*クロウside

 ◇ ◇ ◇ ◇  ハルの元を去って数日。  クロウは、遠く離れたある国に来ていた。  ここが今回の旅の出発点。  旅の目的は、蒼炎の騎士、つまり「ハーウェルの暗殺」だった。  戦に敗れた国王から、忌々しい敵の騎士団長を殺せと依頼された。  その内に反旗を翻すつもりだが、蒼炎の騎士が居ては邪魔だ、という理由だった。  頼まれればどんな仕事でもこなしてきた。護衛もする、暗殺も行う。腕を頼りに、自由に生きていくことを決めていた。  騎士団から完全に姿を消したハーウェルを探し、家を突き止めて訪ねたら、出てきたのは、多少警戒はしていたものの、後ろにふわふわの犬を二匹も連れた、綺麗な顔の男だった。  蒼炎の騎士なんて名の面影は、どこにもない。しいて言えば、良く鍛えられた体だなと思うくらい。それでも、体の線は細めで、ごついわけでもない。  人違いかと一瞬疑ったが、特徴的な金の髪とアクアブルーの瞳。  本人と確信した瞬間、感じたオメガの匂い。まさかと思いながら、確かめる為にフェロモンを飛ばすと効果はてきめんで、ヒートを起こして狼狽えた。アルファのフェロモンにあてられる、なんてことは初めてのようだった。  そのまま命を奪うのも容易かったが、「多くの兵を殺した悪魔」という前情報とは全く違う、ヒートに涙ぐむ姿に興味が沸いてしまった。  触れてみると反応が初心で、もしかしてと思って聞くと、やはり初めてだった。人をあれほど可愛いと思ったのは初めてで、その感情に抗えなかった。――標的に手を出すなんてタブーなのは分かっていたのに。  鍛えられて引き締まった体は美しく、整った顔が快感に泣くのには、かなり煽られた。相当な色気を振りまいてくる。  今までないほど夢中になり、一晩かけて、抱かれることを受け入れさせた。  二十四まで一人でヒートに耐えてきたオメガ。快感で虜にするのは容易かった。体だけじゃない。――可愛いと言うと戸惑いながら、顔を赤らめる。蒼炎の騎士にむかって、可愛いなどという奴はいなかったんだろう。  各国を旅する内に覚えた美味しい料理を食べさせる。初めて食べる、といつも嬉しそうに微笑む。モフモフした犬をめちゃくちゃ愛しそうに見つめるのが可愛くてたまらなかった。  ……なんだ、こいつ。こんなのがよく、第一騎士団の団長なんてしてたな。  可愛すぎだろ。  いつからかそんな風に思っていた。――そういうことに慣れない男を自分のものにしたつもりが、完全に虜になったのは、クロウの方だった。  初めて人を、愛おしく思う日々だった。  あの二人組に襲われた夜、人影の居ない方にハルを回らせ、相対した敵は、国王がクロウの次に放った刺客だった。クロウに、なぜハルを殺さないのか聞いてきたそいつを倒した後、二人目が潜んでいたのは誤算だったが、そこで見たハルの蒼い炎と凛々しい瞳に、心底惚れた。  そのせいで、迂闊にも、番にならないかなどと口走り、断られてから冷静になった。  ハルは、暗殺の依頼を受けたその標的だ。  もはや暗殺する気はかけらもないが、引き受けた依頼を取り消さねばならない。  クロウも元は騎士とは言え、国を捨てた後は、依頼とあればどんな仕事でもこなしてきた。育ちの良さそうな騎士団長のハルとはただでさえ身分も違う上に、今の自分のこんな状態で、あんなに美しいと思う人間に番を申し込むなんてありえないと自省した。  それに、国王がまた次の刺客を送るかもしれない。どうにかしなければ。  一晩考えて、クロウは、一度ハルの元を離れる決意をした。  道中の酒場で、セルフォラ王国や蒼炎の騎士について話を聞いた。戦に敗れて傘下に入れた国の復興を、王国は親身に手伝っているらしい。敵に居たら恐ろしい蒼炎の騎士も、味方ならば頼もしいと、安心して暮らし始めた民達は口を揃える。反旗を翻すために蒼炎の騎士を消すなど、誰も求めてはいないと確信した。  依頼を受けた時と同じ、霧の多い時間に、クロウは城壁を登り、国王の部屋のバルコニーに立った。「国王」と呼びかけると少しして窓が開かれ「入れ」との返事。中に入ると、国王が窓を閉めてこちらに向き直った。 「片付いたか?」  低い声でそう聞かれ、「それが、まだ」と答えると、顔が険しくなる。 「なんだと? 今まで何をしていたんだ?」 「探すのにも時間がかかって――それより、ひとつご相談が」 「なんだ?」 「暗殺を考え直す気はないですか」 「なんだと?」  国王は、この上なく不快そうな表情で、クロウを睨みつけてくる。 「今更反旗を翻しても、国民に戦の意志がない。やっと平和に暮らし始めた民が、無駄に死ぬだけだ。蒼炎の騎士を殺しても何も変わらない」 「黙れ。それが必要かどうかは私が決める」 「……どうしても、依頼は取り消さない?」 「何なんだ、お前は。誰が相手でも、依頼は必ず果たすと言っただろう」 「――ああ。まあ、確かに」  ハルに会う前は依頼が絶対だったな、と、国王の言葉に苦笑が漏れる。 「役立たずが! お前がやらぬなら、また別の者に頼む」 「それなんですが」  クロウは、国王を睨みつける。 「二人組の殺し屋にも依頼をかけましたか?」 「ああ。それが何だ」 「他には?」 「まだお前達だけだ。お前がやらぬなら、いくらでも依頼する」  クロウは、国王をまっすぐに見つめた。 「どうあっても、暗殺すると?」 「くどい」  その言葉に、クロウの決意は固まった。 「馬鹿な王をもつと、民は苦労するよな」 「なんだと……出ていけ!! 二度と顔を見せるな」  怒りに満ちた形相で睨みつけてくるが、もはや苦笑しか浮かばない。 「当然。二度と来ない。金も返す」  預かった前金の入った袋を、国王の側の机に置いた。バルコニーに向かい、国王とすれ違いざま、その腕に針を刺した。  ――ハルに使うはずだった、毒の針を。  極細の針に、国王は、刺されたことにも気づいていない。  少し後、国王が原因不明の死を迎えれば、好戦的とは真逆の王子が継ぐ。  無謀なことはしない性格らしい。  ハルを襲うなんて考えもせず、セルフォラ国に従うだろう。それでいい。  クロウは、入った時と同じバルコニーから下に降り、繋いでいた馬に跨ると、一気に走らせた。  ◇ ◇ ◇ ◇

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