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思わぬ再会1

「おはようございます」  タイムカードを押し、デスクに着いてPCを起動する。  今日は月始め。請求書の発行・送付の日だと卓上カレンダーを見ながら、マイボトルに入れた氷入りの麦茶をマイカップに移す。 「増見くん、ちょっといい?」  カップを置き、上司である課長のところへ向かった。 「なんでしょう」 「今日から中途の子が来るけど準備はどう?」 「バッチリです。ノートPCは人事の方、パスワードはIT部門の方に準備してもらいました。今日は仕事で使うパスワードとIDの確認。後、マニュアルをお渡しして座学を行う予定です」 「じゃあ、ぼくはタイムカードの打刻の仕方や施設の案内、社長たちとの顔合わせを午前中にやっておくよ」 「お願いいたします」 「いやー、増見くんも成長したね。そろそろ係長に昇進かな?」と課長が機嫌よく笑った。  先輩たちがまだ出社してないから、俺は「えーっ!?」と本音を言う。「それじゃあ推し活をやる時間が減っちゃいますよ! 俺は一生、ヒラがいいです」 「昇進すれば、お給料も増えてアニメやゲーム、声優さんのイベントにも参加し放題だぞ。うちの娘なんか『推しのための費用をよこせ! ボーナス上げろ、クソ会社ー』なんて、しょっちゅう怒ってるよ」  世間話をしていれば先輩たちも事務所にやってくる。朝の挨拶をし、課長に会釈して自分のデスクに戻った。  課長は、ボードに名札をつけて外へ出ていった。  今日入る人は俺と同い年の同性でデスクは右隣になる。前職はスポーツ用品の会社で営業エースだったそうだ。  うちは児童向けゲームがメインの会社。今後は子どもが屋内でできるVRスポーツも視野に入れてく話が出てたから、それで転職したのかな? 「あっ、メール!」  先月はクライアント様の企業で人事異動があり、担当者が変わったから月末締めの作業でワタワタしていて、今日来る人の名前をチェックし忘れていた。手元のマウスを動かし、メールボックスに入っていた未読の社内報をクリックする。  ――(なつ)()(しん)()。  その名前を目にした瞬間、頭の中が真っ白になる。  すぐに俺は首を横に振った。  東京近郊の市街地だから十中八九、同姓同名の人間だ。たとえ本人だとしても最後に会ったのは十年以上も前。とっくの昔に俺のことを忘れている。もし覚えていたとしても、知らん顔をして、職場だけの関係と割り切るだろう。  始業のチャイムが鳴る。  背後のドアが開き、課長の声がした。 「ロッカーの場所は大丈夫?」 「大丈夫です。ありがとうございます」  聞き覚えのある声がして胸がドキッとする。 「増見くん、体操しないの?」  左隣にいた女性社員の方に言われ、はっとする。  すでに朝の体操の音楽が流れていた。  先輩たちは眠そうな顔をして身体を動かしている。  急いで俺も立ち上がり、両腕を天井のほうに向かって上げながら、聞き耳を立てる。 「タイムカードはここで打刻。社員証をかざすタイプなんだ。外出するときは、そこのボードにある名札を使ってね」 「承知しました」 「ここでは、肩こり・腰痛なんかの予防として朝、体操をするんだ。めんどうかもしれないけど、眠気覚ましの軽い運動になるから、積極的にやってもらえるといいな」 「前の職場では、こういうことをしなかったので少し驚きました」 「ちなみに、あそこが夏目くんのデスク。ねずみ色のスーツで体操をしている男の子が増見くん。きみと同い年。うちの部署で新人研修とか、発注・見積書なんかの書類作成を担当してる。体操が終わったら、うちのメンバーにも紹介するから、もう少し待っててね」 「はい」と夏目さんは短く返事をした。  彼は、関東でも珍しい「増見」という名字に、なんの反応も示さなかった。  どうやら俺をフッた初恋の人ではないらしい。  普通なら安心するところなのに、少し残念な気分になる。  体操が終わると、べつの部署の人たちも打ち合わせや朝礼、会議のために移動し始めた。  シャンとしないと仕事終わりにゲームをする時間がなくなるぞ! と意気込み、気持ちを切り替える。  俺はPCのカレンダーを出し、先輩たちもメモ帳やスケジュール帳を手に取る。 「営業事務は、今日のミーティングを始める前に、新しく入った夏目くんの自己紹介から始めるよ」  課長の隣にいる人の顔を目にした瞬間、思わず息を飲んだ。 「おはようございます、夏目晋也です。前職はスポーツ選手のユニフォームを販売している会社で営業をしていました。ゲームを趣味でやっていること、大阪から引っ越したことを機に転職を行い、本日からこちらでお世話になります。一日も早く皆さんのお力になれるよう、がんばりますので、どうぞよろしくお願いいたします」  艶のある黒髪で、ピアスもつけてない。スーツもきっちり着こなしている。  でも……晋也だ。  高校時代よりも大人っぽい顔つきをしているけど、切れ長の一重も、鼻のつけ根と右目の目頭の間にあるほくろも、俺をかばったときに負ったあごの傷も残っている。 「増見くん、拍手」と耳打ちをされ、慌てて俺も先輩たちと同じように手を叩いた。

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