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元ヤン俺様Dom1
昼休みに俺たちは社員食堂で昼食をとりながら談笑し、午後には今日のぶんの研修を順調に終えた。
残業なしの帰宅だ。ゲームをやって推しに癒されよう。家に帰ってからの至福の時間を想像しながら、更衣室のロッカーを開ける。紺のリュックを取り、スマホや財布、イヤホンを入れていく。
ドアの開く音がして反射的に「お疲れ様です」と挨拶をする。「あれ……夏目くん、どうしたの?」
先に帰ったはずの夏目くん(敬語読み、さんづけをやめるように言われた)が更衣室にやってきた。
忘れ物かな? と頭に疑問符を浮かべ、帰り支度をする。
「今日は疲れたでしょ。家に帰ったら、ゆっくり休んで――」
ガシャン! と大きな音がすると俺のロッカーの右隣に、無骨な男の手があった。
ゆっくりと身体の向きを変えると、そこには――こめかみに青筋を立てた夏目くんがいた。
「てめえ、マジでいい加減にしろよ、迅。どこまでオレをコケにするつもりだ?」
「……晋也?」
嘘 だろと内心ビビりながら夏目くんもとい晋也の顔を凝視する。
「そうだ、高校時代にてめえをいじめてた性悪連中をボコした、夏目晋也様だ。忘れたとは言わせねえぜ」
「ちょっと待ってよ!? 顔合わせのときに『初対面です』ってオーラを出してたじゃん! 猫でもかぶってたの? ていうか晋也様って自分で言う……?」
「うるせえ! それは、てめえが悪いんだろ。『晋也、久しぶり! 課長、こちら高校時代の……』って紹介してくれたり、目玉が飛び出そうなくらい驚くかと思ったのに、そっけねえ態度をとりやがって」
衝動に駆られた俺は気づくと目の前にいる男の顔をひっぱたいていた。
「ふざけんな! おまえにフラれたのに、そんなこと、できるわけないだろ!?」
――高校三年の春、父親が関東へ転勤することになり、俺と母親も着いていくことになった。
きっと俺がいなくなった後も晋也はケンカをする。そして俺のことを最初からいなかったみたいに忘れてしまう。
俺は晋也に忘れられるのが怖かったし、疎遠になるのがいやだった。
いつの間にか彼のことを好きになっていて、胸がはち切れそうなくらい苦しくて、どうしようもなかった。この気持ちを正直に伝えたけど、結果は玉砕――。
蓋をして、心の奥底に沈ませていた絶望が急浮上してきて、泣きそうになる。
涙なんて見せたくないから、そのまま横切って外へ出ようとしたら、「待てよ」と手を引かれる。
ロッカーを背に正面を向かされた。身体の両サイドには晋也の手があって逃げられない。
「どいてください、夏目さん」
すると眉を寄せた晋也が、苦しそうな顔つきをする。
「そっちこそ、嘘ついてんじゃねえよ!」
かすかに声が震えているような気がしたが、気のせいだろう。
「オレだって、おまえのことが好きだったんだ。おまえに告られて、うれしかったから返事をしたのに、どうして急にいなくなったりしたんだよ!?」
そうして俺たちの間に沈黙が訪れる。
先に口を開いたのは俺だった。
乾いた唇を湿らせ、「それってどういうこと?」と平静さを装いながら尋ねる。
「おまえが『これからも晋也のそばに、ずっといたい。いさせて』って言ってくれたから『当然だ。おまえ以外の相棒はいねえよ』って答えたんだ。それなのに――なんでオレが、おまえをフッたことになる?」
「だって『相棒』って言われたから! 恋愛対象として見られてないんだって思ったんだよ!?」
じゃあ、あのとき俺たちは――両思いだったの? もしも俺が「それって、どういう意味?」って訊 いていたり、「晋也のことが好きなんだ」ってストレートに胸の内を伝えていたら、あのとき俺たちは、つきあってたかもしれないのか?。
ウンウンうなっていれば、晋也が重いため息をつく。
「マジで早とちり過ぎてビビるわ。告ってもらった翌日にはおまえの姿がねえし、電話は掛からねえ。行き先を知っている人間は誰もいねえときた。地獄に落とされたような気分だったよ。おまけに暴走族の連中から『腰巾着にフラレたんだろ』『おホモだちがいなくて、さびしいねー』なんて笑われた。踏んだり蹴ったりだわ。まあ……全員、半殺しにしたけどな」
この状況で「それって、おはぎのこと?」なんてボケを噛ませるほどバカじゃない。
スーツをしっかり着こなし、やわらかな笑みを浮かべる彼の姿は、まるでヤのつく人みたいだ。
「そっ、そうなんだ。やっぱり晋也は強いね」
「ああ、今はケンカはしねえけど、ジムでサンドバック相手にボクシングしてんぞ」
「すごいね! それじゃあ、高校時代の話は水に」
「流せるわけねえだろ。おまえを追いかけてオレも、この会社に入ったんだから」
「えっ?」
このとき、すっとんきょうな声を出した俺の目は、きっと点になっていたことだろう。
「企業ホームページに、てめえの顔が載ってた。増見なんて珍しい名字で、迅って名前のやつは、そういない。で、面接受けて営業やってた話をしたら、おまえと同じ部署に見事配属されたってわけ」
「へ、へえ……そんな事情があったんだ」
「ああ、ずっとおまえをさがし続けて、ようやく見つけたんだ。さっきのビンタも含め、落とし前をつけてもらおうじゃねえか」
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