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元ヤン俺様Domと夢見るオタクSubの恋愛攻防戦1

「それで『今日からよろしく』ってお願いしたの?」  アプリコットフィズを手にしたお姉さんが訊いてくる。  俺は後ろめたさを感じながらカンパリオレンジをちびちび口に含んだ。 「……『いい加減にしろ、このオタンコナス!』って腹パンして逃げました」  小声でボソボソ言えば、お兄さんがテキーラサンライズを口から吹き出し、机をバンバン叩いた。 「マジかよ。夏目くん、かっわいそー!」 「何言ってるんですか!? 俺のほうが、ずっと、かわいそうですよ! 恋心をもてあそばれ、あいつの(ふく)(しゅう)のために、からかわれているんですから。コンセント(Consent)の合意もなしにコマンドするなんて、あり得ないでしょ!?」  口さびしさを感じて手をのばすがクラッカーもナッツも、すべて食べ終えてしまった。  仕方なくグラスについているスライスされたオレンジを手に取り、かぶりつく。甘酸っぱい(かん)(きつ)類の果汁と、カンパリオレンジのほろ苦い味が、口の中を満たしていった。 「いきなりコマンドをされたのは災難だったけど、多幸感たっぷりのサブスペースに入れたんでしょ?」 「それは、そうですが……」  おもしろくない気分になりながら、オレンジの皮を空になった白い食器に入れ、おしぼりで手を拭く。 「ていうか、十八禁の乙ゲーやBLをゲーをやってたら、それこそ主人公が俺様やドSに無理やり迫られるのなんて定石だろ? そういうシチュに憧れてたんだから、よかったじゃん」 「一次元や二次元の世界と三次元を一緒にしないでください! そもそも晋也が相手なのも、なんだか(しゃく)だし」 「バカ言わないでよ。夏目くんのほうが、あんたに、もてあそばれたようなものじゃない」 「そうそう、勝手にフラレたって勘違いしてたのは誰なんだか」 「ねー」とふたりは目を合わせ、なかよく顔を横に傾ける。  縦に細長く、透明なグラスを机の上に置いた。 「だったら、俺がどれくらいひどいめにあっているのか話を聞いてくださいよ」 「まずいことをしたかしら?」「かもな」と内緒話をしているふたりを無視し、ここ四週間ばかしにあったできごとを回想する。  晋也の腹に拳をめり込ませた翌日、スマホに入っていた彼からのメッセージで、月曜にあったできごとは夢でなく現実だったのだと思い知らされた。  ビクビクしながら出社すると晋也は夏目くんとして接してきた。昼食のときも普通に会話して、退勤時間を告げるチャイムが鳴っても態度は変わらない。  さっさと家に帰ろう、と打刻して外に出た瞬間、「どこへ行くのかな? 増見くん」と肩に手を置かれた。あれよあれよという間に会社の近くにある個室カフェへと強制的に連行されたのだ。  何をするつもりだろうと警戒していれば、プレイに恐怖を感じたときドムに中断を要求するセーフ(Safe)ワード(word)や、どんなプレイが駄目なのかというリミットのすり合わせ、そしてお仕置きの内容の確認をした。話が長くなり、とっぷり日が暮れたので、夕飯を一緒にとることになった。  仕事をしているときは絶対にプレイをしないと決めた水曜。仕事帰りにカラオケでプレイを行うことになった。適当に歌いながらカム(Come)やニールをしたり、晋也の肩や手をマッサージ。あいつの好きなドリンクを作って、カップルでもないのにソフトクリームをあーんして食べさせた。  失態をおかしたら、拳が飛んでくると戦々恐々としていたが、予想はことごとく外れた。  リワード(Reward)として頭や頬を撫でられ、褒め言葉を耳元でたくさん(ささや)かれたのだ。  木曜になると毎回ご飯をおごってもらうのも申し訳ないからと、アパートまで来てもらうことにした。晋也は「あいかわらず、うめえな」と俺が作った夕飯をぺろりと平らげた。  でも――「ほかのドムにも、こうやって()びを売ってんだろ」と疑われ、お仕置きとして頬をつねられ、足の裏と耳のツボ押しをされて死ぬほどつらい思いをしたのだ。  ちなみに「怨霊が出る」といわくつきのアパートは、俺がサブスペースに入ってポヤポヤしている間に解約されてしまい、晋也が前職のお給料やボーナスを使って借りている2LDKのマンションへ移る形になった。  同居しているから土日に徹夜して、推したちが主人公を口説き・愛す姿に(もん)(ぜつ)しながら雄叫びや悲鳴をあげられないし、家でも、外でも四六時中、晋也と顔を合わせている。  休日にひとりで出かけるときは門限ありで、どこへ行くかをあらかじめ彼に告げなくてはいけない。もちろん約束を破ったら、お仕置きコース。  いやだ、いやだと最初は思っていたのに、気づけば彼中心の生活になり、夢中になっている。彼から甘やかされたり、怒られるのを心待ちにしているのだ。  ここ一週間は晋也の恋人となってデートをしたり、キスやハグをする夢ばかり見ている。 「どんどん野良猫や野良犬みたいに手なづけられています。十年以上、あいつがいなくても平気だったのに……今じゃ、晋也のいない生活が考えられません」 「確かに、どんどん夏目くんのサブとして染められてるわよねえ」 「もう後戻りできねえところまで来てるよな。つーか、これ、ただのノロケじゃね?」

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