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第3話

 そのとき、後ろから知らない声が聞こえた。 「ねえ、君は訓練に参加しないの?」  ベンチの背後にある木にもたれながらそう言ったのは、知らない青年だった。  歳はリンゼとそう変わらないくらいに見える。わざわざ広場から少し離れた目立たない場所にあるベンチを選んだのに、ここまでやってくる人がいるとは思わなかった。 「君も参加すればいいのに」 「…………俺は、参加できないから」  しないのではなく――できない。  わざわざ言い直したのは、自分の意思で選べることではない、もどかしさが訴えたかったからだ。彼に言っても仕方がないのに、そうせずにはいられなかった。 「じゃあ、俺もう行くんで――」 「あ、待って。君に聞きたいことがあって話しかけたんだ」 「俺に、聞きたいこと?」  まさか呼び止められるとは思わなかった。誰かからこんなふうに話しかけられたのも、ものすごく久しぶりだ。だから、思わず足を止めてしまった。 「広場の訓練を見ながら、もっとこうしたほうがいいと言っていただろ? その助言がとても的確だったから、君がどこで魔法を学んだのか気になってしまってね」  ――嘘……聞かれてた?  誰もいないと思っていたのに……彼はいつからそこにいたのだろう。 「もしかして、あまり聞かれたくなかったのかな?」 「まあ……それは」 「なぜだい? 君の魔法に対する感覚はとても素晴らしいものだったよ。もっと詳しく聞きたいと思ったくらいだ。君は、自分の持っている才能に気づいていないのかい?」 「才能……?」 「ああ。君のその鋭い感覚は、もはや才能だよ」  そんなふうに称賛され、興味が湧かないわけがなかった。  リンゼはもう一度ベンチに腰を下ろす。少しだけ青年と話してみたくなったからだ。 「――僕はノーガだ。君の名前は?」 「リンゼ」 「よろしくね、リンゼくん」  他人と接するのに慣れていないリンゼにも、ノーガは気さくに笑いかけた。  ノーガは今日の訓練のため、王都からこの町に派遣されてきた本職の魔法師だった。  正体を聞いてリンゼは少し警戒したものの、「ただ、人より魔法を愛しているだけだよ」などと恥ずかしげもなく言うノーガが悪い人間には思えず、すぐに気を許した。  歳はリンゼより二つ上の二十歳。年齢より大人びて見えるのは、話し方と振る舞いが少し年寄りくさいからだろうか。藍色の癖毛を指先でくるくると弄ぶのが癖らしく、彼がよく触るこめかみの毛は毛先がくるんと円を描いていた。 「――では、君は誰かに師事したわけではないのだね。それなのに、それだけ鋭い感覚を持っているとは……羨ましい限りだな」  ノーガは魔法を愛していると断言するだけあって、魔法知識に対して貪欲だった。  こうして初対面のリンゼにまで声をかけてくるくらいだ。筋金入りの魔法好きなのは間違いない。 「魔法は使う人間の想像力と感覚が掛け合わさることで強い効果を生むものだろう? どちらが足りなくてもいけない。だから、僕は君の感覚が羨ましくてたまらないんだよ」  この世界の魔法に〔呪文〕は存在しない。  ノーガが話したとおり、魔法の鍵となるのは〔想像力〕と〔感覚〕だ。  自分が望む現象を思い浮かべながら、魔力回路を流れる魔力を操り、杖からその魔力を捧げることで、魔法は生み出すことができるのだという。  でも、リンゼにはわからない感覚だった。魔力がないリンゼがどれだけ想像力を働かせたところで、魔法を生み出すことはできないからだ。それにノーガが素晴らしい才能だと褒めてくれるこの感覚だって、ノーガが思っているものとは少し違っている。  リンゼの持つ感覚は、この世界で手に入れた才能ではない。  この感覚はすべて、前世から引き継いだ記憶の中にある知識に基づくものだった。  魔法の発動前に浮かび上がる魔法陣を見ただけで、それがどんな魔法か言い当てられるのも前世の知識があるおかげだ。この世界の魔法の仕組みは、前世のリンゼが夢中でプレイしていたゲーム〔マギアライアンス〕の魔法の仕組みとそっくりだった。  使われている魔法文字や魔法陣を構成する魔法式も一緒。その魔法陣から放たれる魔法の属性や種類なども、リンゼがモニター越しに見ていたものと全く同じだ。  ゲームのプレイを極めていたリンゼの頭の中には、この世界の魔法に関する知識が大量に詰め込まれている状態だった。  そんなリンゼなので、魔法の知識量だけは自信がある。  これまでその知識を披露する機会は一度もなかったが、今日ここでノーガと出会ったおかげで、魔法について誰かと語り合う楽しさを初めて知ることができた。  時間を忘れて、魔法談義に花を咲かせる。話題はとめどなくあふれてきた。 「そうだ。最近悩んでいることがあるんだけど、リンゼくんはいい案を知らないかな?」 「悩みって、どんな?」 「魔獣との戦闘についてさ。強個体の魔獣は魔法を使ってくることがわかってね。そういう敵との戦い方も考えなければならなくなったんだけど、僕には効果的な戦い方がなかなか思いつかなくてね」  ノーガは今、魔法を使ってくる魔獣相手の対魔法戦闘について研究しているらしい。 「だから、リンゼくんの意見をぜひ聞いてみたいんだよ」 「それなら、いい戦い方を知ってるよ」  リンゼは即答した。力になれる自信があったからだ。  ゲームでは、魔法を使う敵が当たり前だった。リンゼの頭の中には対魔法に適した戦法がたっぷり詰まっているといっても過言ではない。その中でもリンゼが得意としていた戦法は、魔法を使う相手に最も効果的な戦い方だった。 「魔法を撃たれる前に相手の魔法陣を壊せばいいんだよ」  それは〔魔法破壊〕と呼ばれる戦法だった。  魔法の発動前には必ず、魔法陣と呼ばれる円形の模様が空中に描かれる。  時間にして数秒足らずだが、その間に魔法陣を壊してしまえば、敵は魔力だけを消費し、魔法は発動できないという状況になる。それが魔法破壊という戦い方だった。  魔法陣を壊すには、反魔法式を描いた魔法陣をぶつける必要がある。  そのためには魔法文字や魔法式を熟知していなければならないが、逆にいうとそれさえできるようになれば、ごく単純な方法で相手の魔法を無効化できる。  対魔法戦闘において、最強の戦法だとリンゼは思っていた。 「――魔法陣を、壊す?」 「?」  これまでずっと楽しげに話していたノーガの声が急に強張ったのに気づく。  リンゼは不思議に思いながら隣を見て――息を呑んだ。さっきまであんなにも目を輝かせていたノーガから表情が消えている。急に心を失ってしまったかのようだった。 「リンゼくん。君は今、魔法陣を壊すと言ったのか?」  冷ややかに問い詰めるような口調だった。先ほどまでとは、明らかに違う雰囲気だ。 「言った、けど……」  答えるリンゼにも緊張が走る。  何かおかしなことを言っただろうか。ノーガが急に態度を変えた理由がわからない。

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