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第5話
広い王城内をひたすら歩く。
外の光が差し込む広々とした回廊から、豪華な調度品が並ぶ長い廊下へ。珍しいものがたくさん目に飛び込んできたが、それらをゆっくりと眺めている余裕はなかった。
曲がり角を一つ抜けるごとに明かりの数が減り、人の気配もなくなっていく。
城を奥へ進むにつれて、まるで時間を遡っているかのように、廊下の印象が少しずつ古びたものへと変わっていく。
辿り着いた最奥にあったのは、古いが雅やかな巨大な扉だった。
王が魔法でその鍵を開け、中へと入る。
扉の向こうにあったのは、真っ暗な地下へとまっすぐ続く長い階段だった。
階段の壁には魔光石が等間隔に埋め込まれているが、光量が足りず、足元まで充分に照らされていない。幅が不規則な段を踏み外してしまわないように、リンゼは側面の壁に手で触れながら、そろそろと階段を下りていく。
長すぎる階段を下りきった先にあったのは、奥に向かって長い広間だった。
しかし、ここはまだ目的地ではなかったらしく、王は広間をさらに奥へと進んでいく。
広間は階段より明るかったが、それでも奥まで見通せるほどの明るさではなかった。
王の背中を早足で追いかけていたリンゼは、ふと右側から視線を感じた気がして、そちらの壁に視線を向ける。「あっ」と声を上げて、足を止めた。
「壁画だ……」
壁には立派な壁画が描かれていた。リンゼたちが入ってきた場所から奥に向かって、何枚もの壁画が並んでいる。まるで物語の挿絵のようだった。
視線を感じた気がしたのは、壁画に描かれた人物がこちらを向いていたからだ。
そこに描かれているのは、どれも同じ人物のようだった。成人男性ばかりの四人組だ。
一枚目には出会いと旅立ち、二枚目以降は彼らの旅の様子が描かれていた。
彼らは行く先々で自分たちの何倍も大きい魔獣を倒し、出会った人々に感謝されている。草原を過ぎ、険しい山を越え、長い旅を続けた四人が最終的に辿り着いたのは、闇が支配する不毛の地。
そこで彼らが対峙したのは、魔獣よりももっと邪悪に満ちた存在――魔族だ。
「この人たちって、もしかして……四英傑?」
英雄ヴァリエ、剣聖リファータ、聖人ポラス、そして――大賢者ネファローシャ。
かつて、この世界を救ったとされる四人の英傑。
壁画に描かれているのは、彼ら四英傑の姿に違いなかった。
ルウタニアに住んでいる者なら、小さな子供でも知っている有名な四人だ。
リンゼも幼い頃、祖母から絵本を読み聞かせてもらった憶えがある。
彼らが魔王の討伐に成功したおかげで、今の自分たちは平和に過ごせているのだと――そんな話を何度も聞かされた。壁画に描かれていたのは絵本にあった子供向けの絵とは違う、リアルな彼らの姿だった。
「……すごい」
感動するあまり、声が震えてしまう。
「この人たちが、魔王を倒した四英傑……」
「――正確には違う」
「えっ?」
感極まったリンゼの言葉に、王の鋭い声が重なった。
リンゼの数歩先で足を止めていた王は、今まさに魔王を討伐せんとする四英傑の壁画に冷たく光る金色の瞳を向けている。
――違うって……いったい何が?
リンゼは王の言葉の続きを待つ。
王はしばらく沈黙した後、重い口を開いた。
「――討伐は失敗に終わった。魔王はこの地に封印されているだけだ」
王の口から告げられた真実を、リンゼはしばらく受け止められずにいた。
呆然としたまま、広間をさらに奥へと進む王の後ろをついて歩く。
魔王は四英傑に討伐された――小さな頃からそう聞かされていたのに、それが偽りの歴史だったなんて、にわかには信じられなかった。
――王様が嘘をついてるなんてことは……ないのかな。
そのほうがいい。でも、そんな嘘をつく必要がどこにあるのだろう。
「ここだ」
壁画のあった広間からさらに細い廊下を進んだ先で、扉の前に立った王が短く告げた。
ここが目的地ということだろうか。目の前にある扉は階段前にあったものに比べれば小ぶりだが、こちらもずいぶんと古く立派な扉だった。
「この奥が、魔王を封印している〔封印の間〕だ」
「――ッ!!」
王は事もなげに告げる。驚いて声も出ないリンゼを放置して、封印の間に繋がる扉の中央にあるレリーフに手のひらを押し当てた。王が触れた場所が白く発光する。
『名を告げよ』
「扉が、喋った……」
しゃがれた男性の声だった。
「レファーラン・シア・ルウタニア」
王が名乗ると、扉は音もなく開いた。
リンゼは、ごくりと息を呑む。扉の隙間から、目には見えない何か得体の知れない恐ろしいものが流れ出てきた気がしたからだ。足が竦んでしまって、動けそうになかった。
「――手を出せ」
そんなリンゼを振り返り、レファーランが命令する。
言われるまま手を差し出すと、レファーランは手を繋ぐようにリンゼの手を掴んだ。
「えっ……あのっ、王様?」
「ここは王族にしか立ち入れぬ場所だ。だが、こうすれば貴様でも入れる」
リンゼを封印の間に連れて入るのに必要な行為だったようだ。
でも、それならそうと先に説明してほしかった。
そのまま手を引かれて、封印の間に入る。扉から数歩進んだところで足を止めたリンゼは、口をぽかんと開いたまま、室内の壁をぐるりと見回した。
「もしかして……これ全部、魔法陣?」
リンゼがまばたきも忘れて見入っていたのは、四方の壁にびっしりと隙間なく刻まれた大量の魔法陣だった。これだけたくさんの魔法陣を一気に見たのは初めてだ。
あまりの量に圧倒され、それ以上の言葉が出てこない。
リンゼは一番近い壁に近づくと、そのうちの一つをまじまじと観察した。
――これ、一つじゃない。魔法陣が何重にも重なってるんだ……すごすぎる。
一つに見えた魔法陣は、実際にはいくつも重なっていた。
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