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第6話-11 寝起き

その一件があってから、春と秋の距離感は少し縮まったように、秋は思っていた。 
春がこれまで見せなかったような素を少しずつ見せてくれるようになったからだ。 
秋はあくまで”友達”としてそれを喜んでいた。 そして、秋はそれ以来、ことあるごとに春に連絡を入れるようになった。 

秋は一人暮らしで自炊していたから、その料理の写真を送ってみたり、春が実家で犬を飼っていたと聞き、犬関連の話題の動画を送ったり。
そんな、なんでもない内容だった。 春は連絡はとても簡素で、そしていつも深夜遅くだった。
 でも、いつも返事をちゃんとくれていた。 
「美味しそう」とか「可愛い」とか、毎回ひと単語だけ。 
でもそれがいちいち秋は嬉しかった。 ある時、いつものように料理の写真を送ると、いつもなら深夜にしか返事が来ないのに、その日はすぐに既読になり、「美味しそう」「お腹減った」と返事が来た。 早い返事と珍しく二単語帰ってきて嬉しくなり、
「食べにくる?」と思い切った返事をしてみる。 するとまたすぐ既読になり、
「食べたい」と返ってきた。 秋は勇気を振り絞り、初めて、春に電話をかけてみる。 コール音が鳴り、すぐにそれは止んだ。 「もしもし」 電話越しの声に、秋はどきりとする。 
「あ、もしもし、俺だけど、秋です」 「うん、分かるよ」 「え、ほんとに食べに来る?」 「・・でも、もう作り終わったんだよね?」 「すぐ作れるよ!仕事終わったの?」 「うん」 でも...と少し申し訳なさそうな春を、秋はおいでよ!と必死に誘う。 すると、
春のその日の現場が秋の家の割と近くだったことが判明する。 その事実が後押しし、
春がじゃあ...と言い、初めて秋の家に来ることになった。
 電話を切って、秋は急いで家の掃除をはじめた。 先ほどまで衣替えをしていて、部屋はいつもより散らかっていた。 
秋は一度出して広げていた服を、
また押し込むようにクローゼットへしまった。 「衣替え、最初からやり直しだな...」 そうため息をつきつつも、
秋は浮ついた表情を浮かべていた。

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