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第18話-6 壱川春

その日帰ってからもずっと、
いやでも頭に秋のことが浮かんだ。 

実際、秋から向けられる好意に春は気づいていた。 でも、やはり気づかないふりをしていた。

 「勘違いだ」と秋の気持ちを否定した時、春は絶望と同じような感情を抱いた。 何重にも蓋をしたその奥底で、鈍く強い痛みを感じていた。 

「性別なんて関係ない」と人は言うけど、そんなことはない。 自分は男しか好きになれない。 そういうものなのだ。 他の人が自然と異性だけを好きになるように、自分は同性が好きで、それはどうしたって変わることがない。 秋が本当の意味で自分のことを好きになることなんて決して無い。 自分が意思を持ち秋に触れた時、きっとそれに秋は気づくだろう。

 そう思うと、春は秋の手を取ることが出来なかった。 



話すたびに秋が照れるような仕草をするようになった高一の夏頃。 ただ拍子で手が軽く触れただけで赤面して、言葉未満の何かを発して走り去る秋に、春だって動揺した。

 まるで自分のことを好きみたいだ。
 そんなはずはないのに、春は心のどこかで期待して、自然と秋を目で追うようになった。 

秋はいつも目の前の相手をじっと見て話し、人の小さな感情の機微に敏感だった。 
相手にそっと寄り添うように、自然とその相手に合わせて話をする。
 そうして秋の周りの人はみんな穏やかに笑い、それは秋がそうさせるのだと春は思った。 


春に対してだって、秋は最初からずっとそうだった。


 秋は春が話す言葉ひとつひとつに嬉しそうに笑ってくれた。 春が話す言葉をただじっと待つ。 

"壱川春"として話した言葉よりも、秋によってつい引き出された春自身として話すその言葉に、秋は何も言わないが、特に嬉しそうにした。

 その度に春は自分の感情を取り戻していくようだった。 

自分を思い出すようだった。 この人は"壱川春"に期待していない。

 ただ、目の前にいる自分に、
春自身に、目を向けている。 


好きになっちゃいけない。 


春はその頃からずっとそう思っていた。

 そう思いだした頃からきっと、
すでに春は秋のことが好きだった。




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