145 / 209

第18話-7 壱川春

秋が好きだと示してくれるたび、春は心底怖かった。

 いつ秋がそうじゃないと気付いてしまうか、怖かった。

 それでもこの場所に長くいたい、そんな欲が出た。

 自宅に誘われ足を踏み入れた後は必ず、手に入れた幸福感の倍の虚無感に襲われた。 

何をやってるんだろう。
 早くこの場所から自分が去らないと。

 秋の時間をただ無闇に奪って、ただ秋の好意に、優しさに縋っていてはだめだ。 だめだ、だめだ、そう思っていたのに、最後には突き放すことを決めているのに、春は秋を試すようなことをした。 


知りたかった。 

確かめたかった。


 自分に触れても、
秋は離れていかないんじゃないか。 



__「キスされるのかなって」 

___「していいの?」


 後悔した。 
秋の唇が触れた時、感じたことのないほどの熱を感じた。 触れたい、触れて欲しい、抱きしめたい、抱きしめて欲しい。 押し込めている欲が、溢れてくる。


 もう戻れない。 

そう思った。 




秋が向井の話を持ち出した時、春はゾッとした。 

向井と自分は、同じだ。 
向井に触れられて秋は嫌だと思ったのだ。

 消えてしまいたい、と思った。


 秋はまだ気付いていないのだ。 

気付いていないだけなのだ。 きっと、きっと、そうなのだ。

ともだちにシェアしよう!