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第22話-7 向井聡
「経験はある?」
そう尋ねた向井に、春は何も答えず、
ただ向井を見ている。
向井はこれまでそうしていたように、
春に指示をした。
「挿れて」
春は何度か瞬きをした後、「はい」とこれまでと同じように答え、スッと体を起こして向井をそっと倒した。
――
それからも、度々向井は春を自宅に呼び出した。
春は、仕事さえなければ遅くとも必ずやって来た。
そうして向井の要求をただ黙って呑み、事が終わると呆気なく帰っていってしまった。
「泊まって行きなよ」
向井のその誘いには、春は乗らなかった。
どんな夜遅くとも、春は必ず、帰っていった。
時折、向井は春に、これで好きなもの買いなよ、と金を渡す事があった。
しかし、春はそれを決して受け取ることはなかった。
向井がしつこくそれを続けると、
春は微笑んでいつもこう言った。
「向井さんが貯めておいてください」
その札に触れることもなかった。
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