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第22話-9 向井聡
春に優しく触れられるたび、
向井はどうしようもない気持ちになった。
諦めていたそれらが、再び声を上げて叫んでいた。
愛されたい。
愛して欲しい。
そして、愛したい。
そして向井は気づいていた。
自分と春が、同じであることを。
そして、思った。
この子もきっと、誰かに愛されたいと強く願っているのだろう。
それも、"壱川春"という売り物としてではなく、一個人、人間として。
誰かを愛して、そしてその相手に愛されたいと。
変わらず向井の前ではあの表情を崩すことのない春に、自分ではだめなのか、と向井は身体を重ねるたびにその想いを強くした。
でも、向井がそれを言い出すことはなかった。
失う事が怖かった。
こんな嘘みたいな関係でも、それを失う事が、春を失う事が、向井はたまらなく怖かった。
こんなはずじゃなかった、向井は度々そう思った。
でも、その想いに、願いに、
向井は抗うことはできなかった。
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