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第22話-10 向井聡
あの日。
テレビ局で春に声をかけた日。
友人だという今瀬秋に、最初は何も思わなかった。
しかし、連絡もなしに春が突然家を訪ねて来た時、向井は酷く困惑した。
必死になって「秋は?」「秋に何かしましたか」と尋ねる春は、それまで向井が見たことのない表情をしていた。
余裕のない、いつものあの表情とは全く違う、
人間が出す表情。
何気ない気持ちで秋の携帯を持ち帰っていた向井に、春はそれを返してと要求した。
「なんで?僕が返しておくよ」
「僕が返します」
「なんで?」
「あの子に何かされるのが嫌なの?」
春は何も答えない。
ただ、表情はいつもとは違った。
向井は動揺を隠すように、春に言った。
「返して欲しいなら、分かるよね」
春はその言葉に、そっと視線を落とした。
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