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第8話

──あの夜… 
熱くて、気持ちよくて、今思い出しても心臓が変な音を立てる。
 でも、それからは…… 健全な日々が続いた。 飲みに行ったり、 
新しいスニーカーを見に街へ出たり、 
映画を見に行ったり、 
ドライブをしたり、
 ゆっくりと距離を縮める二人。 一緒にいることが当たり前になった頃 ちょっと足を延ばして日帰り温泉にも行った。 ──日帰り温泉に行こう。
 タカヤからそう誘われた瞬間、胸が少し高鳴った。 当日、家の前に黒いSUVが目の前に止まった。 
助手席のドアを開けると、車内はほんのりと革の匂い。 「ほら、シートベルト」 タカヤが伸ばした手が、俺の肩越しにベルトを引き出す。
 近い……。
 頬にかかる息に、一瞬だけ固まってしまった。 「何、緊張してんの?」
 「……別に」
 「ふーん」
 タカヤは口元を緩め、エンジンをかける。 道中、窓の外には冬晴れの景色。
 音楽は落ち着いたジャズで、
 信号待ちのたびに、 タカヤの手がハンドルから外れ、
 無造作に俺の膝に触れたり、 飲み物を飲む ──その仕草ひとつがやけに気になる。 「もうすぐ着くよ」
 「……ああ」 到着したのは、こじんまりした旅館の温泉。
 案内された部屋には、木枠の窓の向こうに小さな露天風呂が見える。 まずは昼食。
 湯豆腐や天ぷら、刺身、土鍋ごはん……
 「全部食べきれないな」 なんて言いながら、結局二人で完食。
 お腹はパンパン。 「そろそろ風呂、入る?」
 「……うん」 障子を開けると、ふわっと湯けむり。
 木の香りと温泉の匂い、
 冬の冷たい空気が頬をくすぐる。 並んで肩まで浸かると、
 お湯の温かさとタカヤの存在感で、
 心臓の鼓動が早くなる。

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