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その後も色々な女性から声を掛けられ、プレゼントを渡されたり、ほろ酔い気分の女性が擦り寄って来たり自分の目の前で言い合いを始めてしまったりと散々な目に遭い、二時間もすれば張り詰めていた糸が限界で、思わず大きな溜息が洩れる。 「一二三様、大丈夫ですか? 飲み物でも取って来ましょうか」 「あぁ、そうしてくれ」 ようやく、自分にピッタリと張り付いていた男が自分の元から離れていく。 この会場から逃げ出すのなら今しかない! ふと、そんな考えが頭を過り、一二三は人込みに紛れるようにして出口に向かおうとしたのだが……。 「一二三。何処に行くつもりだ?」 出口までもう少し。という所で父に見付かり、ピタリ。と足を止める 「ちょっとお手洗いへ」 「風見はどうした?」 「いやだな。父さん……トイレ位一人で行かせてください。小さい子供じゃないんだから」 こんな息のつまる場所早く出て、外の空気が吸いたい。  誰も居ない静かな場所へ行きたい。 「逃げるつもりか?」 「……ハハッ何、言ってるの? 父さん……逃げるなんて……」 思わず頬が引き攣る。父親としての勘が働いたのだろうか? 「お前は嫌な事があると直ぐにフラッと何処かへ消えるからな。昔からそうだ。そうやって、いつもお前は……」 「すみません、父さん。この年齢で洩らしたくないんで、見逃してくれませんか? だいたい、この船の中で逃げ込む場所なんてあるはず無いじゃないですか」 そうだ、此処は陸地ではない。海に囲まれた巨大な檻の中だ。逃げる場所なんて何処にも在りはしない。 迫真の演技に流石の父も騙されたのか、仕方がないと肩を竦めて、 「小用が済んだら早く戻って来い」とだけ言って一二三を解放してくれた。 「はぁ……」 やっとの思いでパーティ会場から抜け出し、デッキにでると、刺すような冷たい潮風が一二三の頬を掠め思わず眉をしかめた。 「寒……」 まだ、11月だと言うのに海の上だとこんなにも寒いのか。横浜港を出発し、九州へと向かっている筈だが南の海上を航行している割には体感温度がかなり低く感じられた。 だが、パーティ会場で感じていた息苦しさに比べたらこんな寒さの方が数倍マシだ。 だが、せめて外に出るならもう一枚厚手の上着を持ってきた方が良かったかもしれない。 だが、あそこに戻るつもりは無かった。部屋に戻ればきっとまた、あの窮屈な会場へと連行されるのが目に見えている。 ぶるりと身体を震わせてジャケットの襟を合わせると一二三は出来るだけ人気のない場所を探してデッキを歩き始める。 月明かりが無いせいか、外は真っ暗で近くに船が航行している気配もない。 煌々と照らす船内の灯りから逃れるように、一二三は周囲に人が居ない事を確認しながら充てもなく彷徨い歩く。 やはり、自分は女性が苦手だ。と言うか、収入や地位、見た目の華やかさでしか物事を判断できないあの考え方そのものが嫌で仕方がない。 父も風見も、それがさも当然であるかのように、一二三にもそれを強要してくる。 「はぁ……」 対岸に見えるキラキラとした宝石をちりばめたような景色はとても美しいのに、今の自分にはその美しさに感動する余裕すら無い事がとても悲しい。

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