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「一二三様ー?」 「ッ!」 咄嗟に目の前に居る男にしがみつき、その胸元に隠れる。 「!? ちょ……っ、なんですか!急に!」 「シッ静かに」 風見の声が近付いて来て思わず、一二三は目の前の男の腰に抱き着いたまま息を顰める。 「 おかしいな。位置情報ではこの辺りの筈なんだが……んん?」 風見が不思議そうにキョロキョロとあたりを見渡す気配がする。 もしかして、見付かってしまったのだろうか? 嫌だ、行きたくない。心臓が早鐘を打ち、全身が緊張でガチガチと震えた。 「……なんかよくわかんねぇけど、ワケアリって感じだな」 「……ッ」 頭上で溜息交じりの声が聞こえ、ふわりと何かが一二三の視界を覆い隠した。 「おい、そこのクルー。此処に西園寺一二三様が来なかったか?」 「チッ。なんだか知らねぇけど随分と偉そうな言い方だな。……いえ。私にはわかり兼ねます。この辺りでは見掛けてないですねぇ」 「本当だろうな?」 「お客様に嘘を吐くなんてとんでもない。もし見かけたら直ぐにお知らせしますよ」 言いながら、一二三を抱く腕が安心させるようにそっと背中を擦って来る。広い胸板に顔を埋めると、柔軟剤の爽やかな香りと共にトクントクンと規則正しい心臓の音が聞こえて来た。 「そうか、わかった。もし見かけたらすぐに連絡しろ。いいな!」 そう言ってバタバタと去って行く気配がして、ようやく一二三は男の腕の中でゆっくりと力を抜いた。 「……たく、偉そうに。うっせぇんだよ眼鏡野郎!」 さっきまでの爽やかな声とは似ても似つかないような低い声で悪態を吐くのが何だか可笑しい。 「取り敢えず、行ったみたいですよ」 「あぁ、すまない」 一二三が男の胸元からそっと顔を上げると、蝶ネクタイを軽く緩めた男と視線が合った。 「どんな事情があるのか知りませんが、アイツから逃げて来たんですか?」 「……」 一二三は答えなかった。答えられなかったというのが正しいだろうか。 「まぁ、言いたくないなら別に良いです。でも、どっちみちあの様子じゃ直ぐ見つかりそうだけど。……まぁ、俺には関係ない事ですね。それじゃあ俺はそろそろ戻るんで。此処は立ち入り禁止なんで隠れるなら他の場所を探して下さいよ?」 一二三を覆っていた布が外され急に明るくなった視界に思わず目を細める。このまま一人になってしまったら、いつまた風見に見付かるかわからない。 「……ま、待ってくれ!」 「はい?」 「僕を一人にする気か?」 「さっき、一人になりたいって、言いましたよね?」 「……ッ、それは……」 確かにそう言った。だが今は一人になるのが怖い。縋るように男の腕を掴むと、男は困ったように頬を掻いた。 「そんな捨てられた子犬みたいな顔しないでくださいよ。行き辛くなるじゃないですか」 「そんな顔……してな、クシュンっ!」 反論しようと口を開きかけた途端に、身震いして思わずくしゃみが飛び出した。ジャケット一枚では流石にもう限界らしい。 「たく、面倒な王子様だな……」 男は小さく溜息を吐き出すと、着ていたジャケットを脱いで一二三の肩に掛けてくれた。ふわりと香る柔軟剤の香りが鼻腔を擽り、先ほど自分を覆ってくれていた布の正体が彼のジャケットである事に今更ながら気に気付く。 「匿うのは今回だけですからね!」 ぶっきらぼうにそう言って、ふいっと顔を背けつつ差し出された手。早く来いと言わんばかりに、パタパタと目の前で動く男の手を躊躇いがちに握り返すと、そのままグイッと腕を引かれ胸元に抱き寄せられた。 「なっ、お、おいっ!」 「ごちゃごちゃ言わないでくださいよ。怪しまれたくないんでしょう?」 「……っ」 男に肩を抱かれるなんて非常に不本意だ。だが、匿ってくれたり、ジャケットを貸してくれる辺り、悪い人間では無いのだろう。 それに、この男からは打算や駆け引き、と言った類の感情は感じられず、寧ろ単純に一二三を心配しての行動だとわかる。一二三は観念したように小さく溜息を吐いて、男の腕にしがみついた。

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