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「なっ! ぼ、僕は別にっ! 少し驚いただけだと言っているだろうっ!」
その様子はまるで、毛を逆立てて威嚇する子猫のようだと総一郎は思う。
今まで自分の周りには居なかったタイプだ。もっと揶揄ってやりたい衝動に駆られたが、相手はこう見えても自分とは雲泥の差がある金持ちの御曹司。
しかも初対面の相手なだけに何処まで許されるラインなのかわからない。
「あー、はいはい。そうですね、そう言う事にしておいてあげます。それより、落ち着いたのならそろそろ部屋に戻られてはいかがですか? さっきのインテリ眼……おっと、お友達? が探してたし、今頃大騒ぎになっててもおかしくないですし」
「友達じゃない。風見は僕の秘書だ」
だったらますますヤバいんじゃないのか? と、総一郎は思わず心の中でツッコミを入れる。
自分の主人が居なくなったのだから、今頃血眼になって探し回っているはずだ。
もしかしたら既に大騒ぎになっていてもおかしくはないだろう。
「……どうしても、戻らなくては駄目だろうか?」
不安そうな、捨てられた子犬のような目で一二三に見つめられ、総一郎は困ったように頭を搔いた。
「だから、そんな目で見ないで下さいって。とにかく、俺は誘拐犯にはなりたくないですし……これから仕事に戻らなくてはいけないんです」
「そ、そうか……。すまない」
もっとごねるかと思ったのだが、予想以上に聞き分けのいい反応に少し拍子抜けする。
しゅんと項垂れた一二三を見ていると何故だか罪悪感を覚えてしまう。こんなのまるで自分が苛めているみたいじゃないか。
チラリと目で訴えかけられ、総一郎はワシワシと頭を掻き毟ると、はぁ、と大きなため息を吐いた。
全く、調子が狂う。面倒ごとには一切関わるつもりなんて無かったのに。一二三の金持ちらしからぬ行動や、捨てられた子犬のような視線を見ているとどうしても強く出られない。
「あーもうっ! わかりました。 俺の休憩時間が後10分で終わるのでそれまでの間だけなら……」
「っ、本当か?」
「んな目で見られたら駄目とは言えないでしょうが。それに、また海に飛び込もうとされても困るので」
「なっ! だ、だからあれはスマホを海に落としてしまったからと言っただろう!」
「ハハッ、そうでしたっけ? まぁ、理由はどうであれお客様を危険な目には合わせられませんし……。それに、貴方、此処からどうやって戻るかわからないでしょう?」
そう指摘すると、図星だったのか一二三がウッと言葉を詰まらせる。
「俺が近道を案内しますから」
総一郎が溜息交じりにそう言うと、一二三は申し訳なさそうにコクリと小さく頷いた。
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