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それとも、まだ他になにかあるのだろうか?
「あの」
「ん?」
「用は済んだんでしょう? こんな所でほっつき歩いてないで、そろそろ戻った方がいいんじゃないですか?」
総一郎がそう言うと、一二三は眉尻を下げて困ったような表情を浮べた。
「いや、それが……その、だな」
何かを言いたそうに口籠っているが、総一郎から視線を逸らして言葉を詰まらせる。そんなに言い辛い事なのだろうか? 訝しく思っていると、一二三は意を決したように口を開いた。
「もう少しだけ……ここに居ては駄目だろうか?」
「は? なんで?」
思わぬ申し出に、間髪入れずに問い返すと一二三は気まずそうに視線を逸らして「それは……」と言い澱む。
こんなベッドと簡易的なテーブルしかない狭い部屋の何処がいいのか。
「悪いけど、別に面白いもんなんて何もねーし。つまんねーだけだと思いますけどね? それに、俺なんかを相手にするより女性と遊んだ方がよっぽど楽しいと思いますよ? ラウンジやバーなら話し相手沢山居るんじゃないですか?」
言外に男同士で過ごしたって楽しくないだろうと匂わせると、一二三は神妙な面もちで何かを考えるように顎に手を添えた。
「……実は、……女性が苦手なんだ。部屋に居ても風見が五月蠅いし、行くところが無くて」
「え……」
それは、予想外のカミングアウトだった。今回のクルーズの目的は、今目の前にいるこの男の嫁探しが目的だったんじゃなかっただろうか?
それなのに、女性が苦手……とは?
「それは何の冗談ですか? 女好きしそうな容姿と高学歴で高収入。これ以上ない位ハイスペックな肩書を持っていらっしゃるのに、女性と遊べない? そんな嘘通じるとでも思ってるのかよ」
なんの冗談だかわからない。揶揄われているのだろうかとすら思えて来た総一郎は、憮然とした表情で一二三を睨んだ。
だが、彼はそんな総一郎の様子には気付いてもいないようで、深刻そうに眉根を寄せて小さく溜息を吐き出す。
「嘘でも冗談でもない。 だいたい、最近の女性は皆……派手だし化粧が濃いし、香水もきついし、それに……その、胸が大きいのは良いんだが、こう、何というか……積極的過ぎてどうしていいのか……」
そこまで言って一二三は言いにくそうに口を噤むとごにょごにょと言い難そうに口を濁した。
そりゃぁ、こんな好条件の超優良物件が船と言う閉鎖的空間で嫁探しをしているなんて、誰もが我先にと群がろうとするに決まっている。
まさかその御曹司様が女性が苦手だなんて誰も思わないだろう。と言うか、一二三はもしかして……。
「……まさかアンタその歳で童て」
「違うっ! 断じて違うっ!」
揶揄い半分に尋ねてみると、即座に食いつくように反論してきた。だがその顔は真っ赤に染まっていて、図星だったのかと、総一郎は心の中で納得した。
(成程。それで逃げ回っているってわけか)
金持ちでイケメンで高学歴で。何でも持っている完璧な男だと思っていただけに、なんだか少しだけ親近感が沸いた気がする。
「あー、そういや昨夜、エロ本見ただけで顏真っ赤にして隠してたもんなぁ」
「あ、あれは! ……ッその、まさかあんな所に置いてあるなんて思わなかったから……ッ」
耳まで赤く染めてわたわたと必死過ぎる言い訳をする姿に、笑いそうになるのを何とか堪える。
「……わ、笑うなよ」
「すみません、つい……っ」
「むぅ」
「ぶっ……くくくくくっ」
拗ねた子供のような表情が可笑しくて堪らない。肩を震わせて笑いを堪えているのが気に入らなかったのか、一二三は益々ムッとした表情になる。
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