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それにしても意外だった。御曹司様なんて金に物を言わせてとっかえひっかえ女とヤりまくってるんだとばかり思ってたのに、まさかの童貞だったとは。
この人がいくつなのかも知らないが、性に目覚めたばかりの中学生のような反応は見ていて中々に面白い。
「あ。もしかして、帰りたくない理由ってエロ本か? あぁ、溜まってんのか」
「なっ、ち、ちが……っ」
「部屋にはあの陰険眼鏡が居るんでしょう? そりゃ、ヌケないかぁ」
ニヤニヤと笑いながら揶揄うと、一二三は顔を真っ赤に染めて口をパクパクと動かした。が、出てくるのは吐息交じりの空気ばかりで、言葉らしい言葉は何一つ出てこない。
そんな彼の態度に、悪戯心がむくむくと湧き上がった。この男をもう少し揶揄ってやりたい。恥ずかしそうに羞恥心を堪えて俯く姿を見てみたい。
総一郎は揶揄うような口調で、一二三の肩に手を置き耳元に顔を寄せる。
「ねぇ、西園寺さん。何なら俺が手伝ってあげましょうか?」
まるで、情事の最中を彷彿させるような声色で、わざと息を吹きかけるようにして囁いた。
「けっ、結構だっ!」
一二三はずざざざっと音がしそうなほどの勢いで総一郎から距離を取り壁際へと後ずさる。その反動でベッドから転げ落ちそうになるのを寸でのところで堪えて、わたわたと壁に張り付いた。
「やっべ、ウケる。……自分から逃げ場を断ってんじゃん」
ククッと喉を鳴らしながら、その後を追ってベッドに膝をつくと、ギシリと軋む音がして一二三の身体が大袈裟なほどにビクリと跳ねた。
肩先に顎を添わせるような高さに顔の位置を近づけ、わざと耳元に唇を寄せる。
「大丈夫ですよ。俺、結構上手いって評判なんです」
そう言ってにっこりと笑顔を作ると、一二三は益々顔を赤くして肩を強張らせた。
「な、何を言って……」
「だから、ヌいてやるって言ってんですよ」
「っ、い、いい! そんなのしなくていいから!」
今にも湯気が出そうなほどに茹で上がり、ぶんぶんと大袈裟なほど首を振る姿が面白い。
身体を強張らせたままの一二三の顎に指を掛け上向かせる。至近距離で見詰めると、キスされるとでも思ったのか一二三はギュッと強く目を瞑った。
そんな初心な反応をされたら、もっと揶揄いたくなってしまう。総一郎は薄く笑って顔を近づけた。今にも鼻先が触れ合ってしまいそうな距離まで詰めて、唇が触れるか触れないかギリギリの位置で動きを止める。
「……ッ」
サラサラの髪が頰に触れてくすぐったい。くっきりとした長い睫毛が小刻みに震えている。綺麗な男だと思った。あまり見ないタイプだ。これなら抱こうと思えば全然いける気がした。と言うかむしろ……。
一二三の唇は薄くて形が良い。それにずいぶんと柔らかそうだ。触れてみたらどんな感じなんだろう。
そこまで考えた時、ハッと我に返って総一郎は顔を勢いよく引き剝がした。無意識に頬へと伸びそうになっていた手を慌てて引っ込める。
「なぁんて、冗談ですよ」
「……は」
声を掛けると、一二三は恐る恐る瞼を開けた。至近距離で合った視線が気恥ずかしいのかすぐに逸らされて、彷徨うみたいに左右に揺れる。
「じ、冗談?」
「童貞の貴方には少し、刺激が強すぎましたかね? それとも、本当にキスして欲しかったんですか?」
耳に息を吹きかけるようにして問う。すると、ようやく事態を把握した一二三がわなわなと唇を震わせ、総一郎の胸を押し返した。
「なっ、そ、そんなわけ無いだろう!! 僕はもう、失礼する!!」
一二三はそう叫ぶと、ドカドカと大きな足音を立てながら勢いよく部屋から出て行った。バタンッと、荒い音を立てて閉じられた扉を見詰めながら、総一郎は堪え切れない笑いに肩を揺らした。
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