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act6 一二三SIDE
バタバタと長い廊下を走り抜け、自室の扉を勢いよく閉めると一二三はその場にズルズルと座り込んだ。
未だに心臓はバクバクと早鐘を打っているし、顔どころか耳まで熱い。
一体、なんなんだアレは!
まさかあんなにもあっさり自分に経験が無いと見抜かれるなんて思ってもみなかった。今まで誰にもバレた事は無かったのに!
総一郎の顔が間近に迫ってきた時。キスされるのかと思って、思わずギュッと目を瞑った。
だが、いつまでたっても唇に触れる感触はなくて、恐る恐る目を開けてみるとニヤニヤと笑みを浮かべた総一郎の顔が間近にあって。揶揄われたのだとわかった瞬間、急激に恥ずかしさが込み上げて来て、そして……。
その後の記憶が曖昧で、自分がどんな反応をしたのかも覚えていない。気が付いたら、総一郎の部屋から逃げるように飛び出てきていて、自分の部屋に駆けこんでいた。
頭の中は真っ白なのに、心臓は壊れてしまいそうな位早く脈を打っていて。まだ頰が火照っている気がするし、首筋や耳に触れられた箇所が熱をもったように熱い。
人の顔をあんなに間近で見たのは初めてだった。総一郎の顔は中性的な自分のソレとは違い男らしくて精悍な顔立ちをしていた。シャツの上からでもよくわかる、しっかりとついた筋肉。黒い髪の間から見えた長い睫毛に切れ長の瞳。
香水の匂いは苦手だったはずなのに、総一郎が付けるスパイシーな香りが鼻腔を擽り何故だかドキリとしてしまった。
ベッドにバフっと倒れ込みヒヤリとする枕に顔を押し付けてみても、一向に動悸が治まる気配が無い。
それどころか、耳を擽るような低くて甘い声が今も鼓膜を震わせているかのように耳に残っている。
総一郎の声が脳内で繰り返される度に鼓動が早くなって、ジンジンとした痺れが耳から首筋へと広がっていく。
この感覚は一体なんだ?
今まで感じた事のない感覚に、一二三は戸惑いを隠せずにいた。
まだ身体が熱を持っている。ジクジクとした熱を孕んだままの身体が酷くもどかしい。
「……ッ、べ、別に……溜まっているわけではないはずなのに……っなんで……」
一二三は戸惑いのままにズボンの中に手を差し込むと、頭を擡げ始めている自身に気付いて息を飲んだ。
(こんなのは生理現象だ。ただ単に、あの男があんな事を言うから……ッ)
――もしあのまま唇が触れていたのなら、どんな感触がしたのだろう? 一瞬、そんな考えが頭を過ぎって、一二三は慌てて頭を振ってその考えを追い払う。
って! 何を考えてるんだ僕は。
目を閉じれば、先程の総一郎の顔が浮かんできて、それを否定するように一二三は顔を真っ赤に染めたまま枕をギュッと強く抱きしめながらゴロリと寝返りを打った。
どうしてこんなに気になってしまうのだろうか。総一郎の事が頭から離れない。
初めての感覚だった。こんな風に心が搔き乱されるなんて今まで無かったのに……。
「一二三様? 戻られたんですか? さっき、凄い音がしましたが……」
ベッドの上で見悶えていると不意にトントンとドアをノックする音が静かな室内に響き、一二三は弾かれたようにガバッと起き上がった。
こんな所、風見に見られたらなにを言われるか判ったものじゃない。
「だ、大丈夫だ。少し勢い余ってドアを閉めてしまっただけだから」
「ですが……」
「風見。すまないが今日は疲れたからもう休もうと思っているんだ。大丈夫、何もないからお前は部屋に戻っていいぞ」
彼がスペアのカードキーで扉を開けそうな気配がしたので、それよりも先に一二三は早口に捲くし立てた。
風見は何か言いたそうにしていたが、暫くの沈黙の後、小さく溜息を吐いてからわかりましたと返事が返って来る。
コツコツと部屋から離れていく靴音を確認し、一二三はホッと胸を撫で下ろした。
風見の事は信頼しているが、今の状態を知られるのはなんとなく気恥ずかしいし、それに、自分でも処理しきれていないこの気持ちを悟られたくない。
一二三は盛大な溜息を吐くとそのままベッドに横になり、枕に顔を埋めた。
まだドキドキと高鳴る鼓動を落ち着けようと、何度も深呼吸を繰り返す。
だが、目を閉じれば何故か総一郎の顔が浮かんできて一向に落ち着く気配がない。
「なんなんだ……一体……」
結局その日、一二三が眠りにつけたのは明け方になってからだった。
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