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翌日は散々な一日だった。朝早くに鹿児島港へと到着した後、下船し観光地として有名な桜島へと足を運んだのだが、どういう訳か行く先々に令嬢たちが付いて回って来る。
彼女たちは一二三の気を引きたいのか、執拗に付き纏い、やれ写真を撮って欲しい、やれあっちに行きたいと、まるで餌に群がるハイエナのように次から次へと押し寄せて来るのだ。
「ねぇ、西園寺さん。私と一緒に記念撮影してくださらないかしら?」
「あ! ズルいわ。私が先にお願いしようと思ってたのに!」
「あら。早い者勝ちよ」
「ちょっと! 抜け駆けは無しって約束だったじゃない」
「そうよ。西園寺さんは、私と一緒に……」
彼女たちの甲高い声に頭が痛くなる。やはり、女性は苦手だ。ただでさえ寝不足で気分が悪いと言うのに、余計に気が滅入る。
こんな事なら、今日の予定は全てキャンセルして部屋で寝ていれば良かった。一二三は深い溜息を吐いて、天を仰いだ。
「すまないが、僕はここで失礼させてもらおうと思う」
「えー、もう戻られるんですか?」
「せっかく来たのに」
令嬢たちは残念そうな声を上げて引き留めようとするが、これ以上付き合うつもりなど毛頭ない。一二三はニコリと営業用の笑みを浮かべて見せた。
「残念だけど、予定が色々と詰まっているんだ。また機会があればその時は……ね」
代表格の女性の手を軽く手を握りウインクをひとつして見せる。一二三が微笑めば、大抵の女は大人しくなる。
「そうですよね! まだ、他の寄港地もありますし!」
「えぇ。その時は是非……」
案の定、一二三に色好い返事と笑顔を向けられて気を良くしたのか、令嬢たちは互いに目配せしながらそっと離れていった。
「一二三様……よろしかったのですか? 折角のチャンスだったのに」
令嬢たちが離れていくのを見届けると、そっと傍に寄って来た風見が小声で囁いた。それを全力で睨み付け、一二三はもう一度溜息を吐き出した。
「……何がチャンスだ。僕は彼女たちの暇つぶしの相手じゃない」
誰が好んであんな女性たちと記念写真を撮りたいものか。
自分の見栄えが整っている事は自覚している。彼女たちが仲良くなりたいのは自分ではなく、家柄や財産といった、目には見えない付加価値の方だ。
そんな事に付き合うのは御免だと、一二三は思う。
自分の周りに群がる人間は皆同じだ。地位や名誉を目当てに付き纏う人間たちばかりで、本当の意味で自分のことを見ようとする人間など一人もいない。
それが判っていて、一日を無駄に過ごすなんて馬鹿げている。
「ですが、いつまでも頑なに拒まれていては、出会いそのものが……」
「……それは、わかってる。でも、嫌なものは嫌なんだ」
やんわりと言い返してきた風見に、一二三は苦々しく思いながらも正論で返す。
わかっている。頭では理解しているのだ。だが、どうしても自分の容姿や家柄を目当てに近づいてくる人間に嫌気がさすのもまた事実だった。そんな人間と結婚なんてとてもじゃないが考えられない。
「……全く、困りましたね。……一二三様、エトワールには超一流のバーテンダーが運営しているバーがあるようですし、息抜きにバーにでも足を向けられてみてはいかがですか?」
「バー?」
唐突に風見から提案された言葉に一二三は首を傾げた。
「あれも嫌だ、これも嫌だとわがままばかり言っていては、出会いのチャンスを自ら潰しているのと同じです。静かに飲めるバーでなら、素敵ないい出会いがあるかもしれません」
「……ふむ、一理あるな」
確かに、今まで頑なに断り続けてきたが、それにだって何れは限界がやって来てしまう。
部屋に籠ってジッとしているよりは、確かにバーのような静かな空間でなら、また違った出会いが見つかるかもしれない。恋愛には興味が無いが、結婚はいずれ考えなくてはならない問題だ。今のうちから色々な人間を見ておくのも悪くないだろう。
「まぁ、考えておく。取り敢えず今は……部屋に戻って少し眠りたいんだ」
昨夜は誰かさんのせいでよく眠れなかったから、と心の中で付け足す。
それを察したのかどうなのか、風見はふっと笑みを漏らしてコクリと静かに頷くと、タクシーに乗り込み、運転手に行先を告げた。
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