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夜8時。一二三は思い切ってエトワール内で人気だという『BLUE BIRD』と言うバーに足を運んでみる事にした。静かな店内でジャズミュージックに耳を傾けながら、シャンパングラスに注いだ鮮やかなゴールドの液体を揺らす。 とりあえず、カウンターに腰掛け、最初に目についた物を片っ端から頼んでみたのだが、これが中々どうして、どれもこれも自分の口に合う。 今まで酒は何を飲んでも大して美味いと感じなかったが、この店のカクテルはどれをとっても一流の名に恥じない味わいだった。 これなら、今後も足を運んでもいいかなと思える程に美味しい。 「ん、美味いな」 「ありがとうございます。西園寺様に喜んで頂けて光栄です」 オーナーと思しき渋顔の男がにこやかに笑みを深め、シェイカーを振る。こぢんまりとしたバーだが、店内の雰囲気も落ち着いていて居心地が良い。 船の中にこんなお洒落な場所があるとは知らなかった。此処には、キンキン声の女性は存在しないし、煩く付きまとう令嬢たちもいない。 今回ばかりはバーへ行くことを提案してくれた風見に感謝だ。 そんな事を考えながら、チビチビとカクテルを飲んでいると重い扉が開く音がした。 「重ちゃん、なんかうまい酒作ってよ」 長身の男は常連なのだろうか? オーナーの重森と親しげに言葉を交わしながら一二三の座るカウンターへと腰掛ける。 「ん? あれ? あ、あんた……っ」 「?」 何やら視線を感じ、つまみにと出されたチーズを齧りつつ目を向けると、横に来た男とバチっと目が合い、一二三は、思わず手にしていたチーズをポロリと落としてしまった。 「な……なんで、君がここに……ッ!」 「それはこっちのセリフだって! あんたこそ、なんでこんな所に居んだよ!」 互いに指を差し合い、信じられないと声を上げる。そこに居たのは、一二三が不眠になる原因を作った男――。 クルーの制服を着ていないので一瞬誰だかわからなかったが、間違いない。総一郎だ。 「今夜は酒が飲みたい気分だったんだ。キミこそ、何故此処に? 仕事中に飲んでも平気なのか?」 「今日はもう終わったんだよ。船に乗ってる間中仕事してるわけではないんで」 「そ、そうか……」 いつもあの白いジャケット姿ばかり見ていたからだろうか。見るからに質のいい黒いシャツを着て、スラックスを穿きこなしている総一郎の姿を見るのは新鮮だった。 彼のイメージは白だと勝手に思っていたが、シンプルなデザインの黒は意外なほど彼に似合っていた。 「西園寺様、コイツと知り合いなんですか?」 「知り合いと言うか……。数日前に道に迷って困って居た所を助けて貰ったんだ」 マスターに問われて、一二三はしどろもどろになりながら答える。まさか、パーティを抜け出し海に落ちそうになっていた所を助けられて匿って貰った事があるだなんて言えるわけがない。 「へぇ、コイツが……珍しい事もあるもんですね」 「ちょっ、重ちゃん! 珍しいって酷くね? 俺だって困ってる人が居たら助けるって。仕事だし」 「金持ち嫌いのクセに?」 「まぁ、それはそれ、これはこれ。困っている人がいれば助けるのは当然の事だろ」 マスターである重森と軽口をたたき合いながら、総一郎はカウンターに肘をつき一二三の方に身を乗り出してきた。ふわりと、仄かに柔軟剤のいい香りがする。 ドキリとして思わず身を引くが、その距離の分だけまた総一郎がグイッと迫って来る。 「それにしても、意外だったな。こんな所で会うなんて。つか、なんで今日も一人なんです? もしかしてまたあの陰険眼鏡君から逃げて来たんですか?」 「人聞きの悪いことを言うな。……風見は部屋に居る。父から船内では僕を自由にさせるようにと言われているらしいからな」 本人は不本意だろうが、あの失踪事件以降、風見は船内に居る間、一二三に同行することを禁じられている。 彼が側にいては令嬢達も話しずらいだろうとの配慮らしいがお陰でこうして一人で飲みに来ることが出来ているのだから、感謝せねばなるまい。 「ふうん。それでこんな所に……」 「悪いか?……僕だって、たまに一人で静かに飲みたい気分になることくらいある」 本当は一人でバーに来ること自体初めてだが、そんな事言えるはずもない。 一二三の言葉に総一郎は、ふーんと何やら含みのある表情を浮かべてマスターから差し出されたカクテルをグイッと煽った。その仕草が、やけに男臭くて不覚にもドキリとしてしまう

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