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「やっぱ重ちゃんの作る酒は美味いな。お代わりくれよ」
「わかったわかった。全く、調子に乗って飲みすぎんなよ。総一郎」
「大丈夫だって。前後不覚にならない程度にセーブしてるから」
二人は随分と仲がいいらしい。カクテルを作る重森も、客に対する口調よりも砕けているように感じる。
そんな事よりも――。
(総一郎と言うのか……)
今更ながらに彼の名前を知る。よくよく考えてみれば、あの夜はお互い名前すら名乗っていなかった。もっとも、向こうにはこちらの情報は筒抜けだったようだが。
散々世話になったのに名前も聞いていなかったなんて、なんて失礼な事をしてしまったのだろう。マスターに二杯目のカクテルを注文し、楽し気に話を続ける総一郎の様子をそっと窺っているとそれに気付いた総一郎とバチッと視線が合ってしまった。
気まずくて思わず目を逸らし、動揺を誤魔化すようにグラスに残ったカクテルに口を付けているとするりと肩に顔を寄せて来る。
「ところで西園寺さん。嫁探しは順調ですか?」
「ぶ、ゲホッ、ゲホ……ッな、なにを……ッ」
一二三は耳を押さえて距離を取った。腰に響く低音を耳の近くで発せられて、背中がゾクッとした。
「何動揺してんだよ。ウケる」
「別に動揺なんかしてない! と、言うかキミには関係ないだろう」
「まぁ、確かに? 関係ないっちゃ、関係ないっすけど。気になるじゃないですか」
ニヤニヤしながら近づいて来る総一郎に嫌な予感がした。一二三は総一郎を正面に捕らえたまま身体を引くと、壁に背中がぶつかり、追い込まれてしまう。
「キスもしたことないようなお子ちゃまに、万が一彼女が出来たとして、ちゃんとエスコートできるのかなぁって」
総一郎の指先が一二三の唇を辿るようになぞっていく。その指の感触に、ぞわりと肌が粟立った。
至近距離で見つめられ、心臓が跳ね上がる。バクバクと煩い心臓の音が彼にまで聞こえてしまいそうで怖い。
「な……っ」
スマートに返事を返さなければいけなかったのに、その少しの「間」で動揺してしまった事がバレてしまうじゃないかと気付いたが遅かった。
困惑して瞳を揺らす一二三の頬を総一郎の指先が悪戯に撫でおろした。妙に艶めかしい仕草に薄気味悪さを感じて、指が辿った肌がピリピリと粟立つ。
でも、こういう場合どう対応したらいいんだ? 恋愛経験に乏しい一二三はどうすればいいのか皆目検討がつかない。
ピシっと石みたいに固まってしまった一二三の頭上に影が差し、総一郎の男らしい精悍な顔がゆっくりと近づいて来る。
今日こそ本当にキスされてしまうのでは!? ぐるぐると思考が廻る。そして――。
「コラッ、総一郎! お前見境なさ過ぎだろうが。何やってる」
ゴン、と鈍い音がしたかと思ったら、目の前に居たはずの総一郎が頭を押さえて蹲った。
「ってぇな……重ちゃん! なにすんだ!」
「なにするんだ、じゃない! お前こそ御曹司様に何しようとしてるんだ! たく、すみませんね、西園寺様。コイツ酔うとキス魔になるんですよ」
「へっ? キス、魔……。大丈夫だ、問題ない」
(と言うか、その言い方だとこの男は何度かやらかしたことがあるんだな……)
マスターの言葉になんとなく、普段の総一郎が透けて見えた気がして苦笑すると、一二三は未だにバクバクする心臓を誤魔化すように深く息をした。
総一郎はキスが好きなのだろうか?
昨日も、なんだかんだで迫られた気がするが……。
でも、マスターが寸での所で止めてくれて助かった。あのままキスされていたら、どうなっていただろう?
と言うか、どうみても自分と同じか、少し下位なのにこの男はそんなに経験豊富なのだろうか?
一二三はチラリと総一郎に視線を向けると、拳骨を喰らったのが不満なのか、頭をさすりながらぶすくれた表情でカクテルを飲んでいる所だった。
色鮮やかなスカイブルー色したカクテルをゆっくりと喉に流し込み、しっとりと濡れた唇をペロリと舐める。
その仕草が妙に艶めかしくて、思わず視線が釘付けになる。
あの唇で何人の女の子を誑し込んで来たのだろう?
と言うか、キスをするとどんな気持ちになるのだろうか?
酔うとしたくなると言う事は、やっぱり気持ちいいのだろうか?
って、いやいや、何を考えているんだ自分は。
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