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6-5
(べ、別にして欲しかったとかじゃ全然無い! 違うっ、絶対違う!)
「西園寺さん、顔赤いですけど大丈夫ですか?」
「え? あぁ……。大丈夫だ。問題ない」
総一郎に指摘され、心の動揺を悟られないように慌てて顔を引き締めるが、心臓の鼓動は一向に治まる気配がない。
こんなおかしな事を考えてしまうのは、きっと久しぶりに飲んだアルコールのせいに違いない。
そうじゃないと困る。
一二三は自分に言い聞かせるように頷くと、グイッと一気にカクテルを飲み干してテーブルの上に置いたグラスをマスターに突き出した。
「すまないが、同じものをもう一杯くれないか?」
「え? 西園寺様、大丈夫ですか? もうかなり飲まれてますけど……」
「大丈夫だ。 今日は飲みたい気分なんだ」
心配そうな表情を浮かべたマスターの言葉を遮って、一二三はフルフルと首を振った。
自分の限界は自分でわかっているつもりだし、飲まないとやってられない気分だったのだ。
「たく、アンタ酒強そうには見えないんだけど。あんま飲み過ぎたらダメですよ」
「うるさいな。僕のことは放っておいてくれ」
総一郎の言葉に少々イラッとしながら、運ばれてきたグラスに手を伸ばす。
大体、この男がおかしな行動をしなければ、心穏やかに居られたのに。
そう思うと妙に腹立たしい気持ちが込み上げてきて、グラスに入ったオレンジ色の液体を一気に喉に流し込んだ。
どの位飲んだのだろう。気がつくと、自分の足で歩いている感覚すらなかった。
身体がふわふわと浮いて、ふわふわして……。なんだか凄く気分がいい。
「たく、アンタ飲みすぎだって」
バフっとベッドに投げ出されて、フカフカの枕に顔を埋める。柔らかい感触が気持ちよくて頬を擦り寄せた。
「ほら、靴脱いで。スーツ皺になっちゃうから」
グイグイと身体を押されて脱げと催促される。
「んー、めんどい」
「めんどいって……。たく、世話が焼けるヤツだな……」
溜息交じりの声と共に、そっと頬に指が掛かった。何だろう? と重い瞼をゆっくり開く。ぼんやりとした視界の中に、総一郎の顔が映る。
部屋の照明を背中に受けて、表情まではよく見えないが、唇が愉しげに弧を描いているのはわかった。
「仕方ないヤツ……」
総一郎はそう呟くとワイシャツのボタンに指が掛かり、ネクタイが緩められる。アルコールで火照った身体を動かすのが億劫でされるがままになっていると、ふいにギシリとベッドが軋む音が耳に届いた。
何の音だろうと視線だけを動かすと、すぐ間近に端整な顔がある。火照った頬をそっと撫でられ、一二三はくすぐったさに身じろいだ。
「ん……っ」
総一郎の纏う柔軟剤の香りが鼻腔を擽り、降り注ぐように落ちて来て、その甘さにドキリとした。
「西園寺さん、すげぇいい匂いがする……。なんかエロいし……。こんな無防備だと、食われますよ」
一二三の首筋から鎖骨へと指先を滑らせながら、熱のこもった声が耳元に囁く。その声がやけに色っぽく感じて、心臓がトクトクと音を立てて騒ぎ出す。
食われるって何の事だろう? 一二三は回らない頭で考える。でも、なんだか頭がふわふわして上手く思考がまとまらないし、考えたくない。
トロンとした目で見上げると目前に、逞しい胸板が映った。 自分にはない男らしい身体付きは服の上からでもはっきりとわかる。シャツから香る柔軟剤と混じった総一郎の体臭。それが妙に男の匂いと言うか色気のようなものが強くて、知らず胸が高鳴った。
でも、嫌いじゃない。寧ろもっと嗅いでみたいような……。
「キミもいい匂いが……する」
一二三は目の前にある総一郎の首筋に鼻先を寄せて、大きく息を吸い込んだ。
その言葉が相手にどう取られるかはアルコールで霞んだ頭には全く想像できない。
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