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昨夜は結局、悶々とする気持ちを抑える事が出来ず、なかなか寝付くことが出来なかった。 冷静になった今ならわかる。自分はとんでもない事をしてしまった。 お互いに酔っていたとはいえ、相手はあの西園寺家の長男。やや浮世離れしているとはいえ、御曹司なのだ。 「さすがに、マズイよな……」 もし万が一、怒って上司に話が行ってしまったら、最悪解雇と言う事だってあり得る。  考えれば考えるほど悪い方向へと思考が転がって行ってしまい、集中力を欠き、いつもと同じ業務内容なのに簡単なところでミスを連発してしまった。 「どうしたんだ? 総一郎。お前がミスするなんてらしくないなぁ……」 「悪い」 どんよりとした気分で部屋に戻る途中、同僚の佐伯が心配そうに声を掛けて来た。彼の指摘はもっともで、普段ならこんなミスはしないのに、今日は本当にどうかしている。 「まぁ、そう言う日もあるよな。仕方ない、重ちゃんとこにでも行こうぜ。今夜は俺が奢ってやるよ」 「いや、いい……。今日はそう言う気分じゃないから」 その酒が原因で、失態を犯してしまったのだ。それがわかっていて飲めるほど図太い神経は持ち合わせていない。 「えっ!? ……総一郎が断るなんて珍しいな。何かあったろ?」 「……ッ」 佐伯に言われて思わずギクリとした。総一郎は冷や汗を掻きつつ、咳払いをひとつ。 「べ、別に……今日はそんな気分じゃないだけだ」 まさか馬鹿正直に『酔った勢いでキスして、つい、ムラっときて寝付けませんでした』なんて言えるはずもないし、そんな事恥ずかしくて言えない。 しかも、相手は男だぞ? 天地がひっくり返っても絶対にあり得ん! 「なぁんか、怪しいな……。あ、もしかしてお前、ヤっちゃった?」 「ち、違っ! まだしてないッ!」 「まだ、ね。ふぅん……。そう言う言い方をするって事は、それに近い事はあったって事だろ」 咄嗟に反論し、ニヤリと笑われて我に返る。しまった。カマを掛けられていたのだと気付いた時にはすでに遅し。 佐伯は面白いものを見付けたとばかりに、総一郎の顔を覗き込み肩に腕を回してくる。 「そっかそっかぁ、クソ真面目なお前がねぇ。で? 何処のご令嬢だよ」 「だから、違うって!」 「ムキになってる辺りが怪しいよな。まぁ、お前まだ20歳そこそこだろ? そう言う事したいって思うのも自然の摂理だし。いいと思うけどなぁ。って言うか、普段スカしてるお前にもそう言う感情があった事が俺は嬉しいよ」 しみじみと言われた言葉に、総一郎はカチンときた。別にスカしてるつもりはないし、お前は俺の保護者かと突っ込みたくなる。 「あのなぁ、俺は……」 「あれ? あそこにいるの、西園寺さんじゃね?」 「えっ!?」 総一郎が反論するよりも一瞬早く、佐伯が立ち止まり、総一郎もそれに倣って視線を動かす。 此処はスタッフの部屋がある場所で、一二三が居るはずが無い。きっと別人だ。そうであってほしい。 そう願いを込めて、視線を動かして……。 「……ッ」 そこに居るのは、間違いなく西園寺一二三。その人だった。彼の事を認識した瞬間、足が竦み、総一郎の顔から血の気が引いた。 何故、彼がこんな所に? わざわざ昨夜の文句を言いに来たのだろうか? 直接、クビ宣告をしに来たとか? どうしよう。どうしたらいい? 背中には嫌な汗が流れ、手にはじっとりと汗をかいている。 心臓はバクバクと早鐘を打ち、手足が急速に冷えて行く。 佐伯が訝しげにこちらを見たのがわかったが、内心それ所ではなかった。 「西園寺さん、こんな所でどうしたんすか?」 そんな総一郎の態度に首を傾げつつ、佐伯がにこやかに一二三に声を掛け、彼の元へと歩み寄っていく。 一二三がゆっくりと顔を上げ、こちらを見た。 硬直して動けないでいる総一郎を認識したのか、やや緊張したような面持ちの顔がそこにあった。

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