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「べ、別に……用があったわけじゃないが……」 視線は直ぐに外され、一二三がもごもごと口籠る。 用が無いなら何故こんな所に居るのだろうか。一二三の部屋からは随分遠い所に位置しているというのに。 取り敢えず、怒っているわけでは無さそうだ。彼の様子からそう判断した総一郎は、心底ホッとしたように息を吐いた。 「もしかして、また逃げて来たんですか?」 出来るだけ、動揺を悟られたくなくて平静を装いながら尋ねてみたら、 「まぁ、そんなところだ」と歯切れの悪い返事が返って来る。 一体、なんだというのだろう。一二三の真意がわからず逡巡するように一二三を見た。 一二三は何か言いたげに口を二、三度開きかけたが、結局何も言わずにそのまま口を噤んでしまった。視線を逸らすわけでもなく、総一郎をジッと見詰めてくる。 その真っ直ぐな視線は、まるでこちらの心の中を見透かしているようで居心地が悪い。 何となく、佐伯が居る事を気にしているような素振りが見て取れて、彼は佐伯に自分達の関係を隠しておきたいのだろうと悟った。 それもそうだろう。自分だって、出来る事なら……。 何の用があるのかは知らないが、わざわざここまで足を運んできたと言う事はきっと、一二三は総一郎と二人きりで話がしたいに違いない。 「佐伯、悪い。ちょっと、出て来る」 「ん? あー、はいはい。お前も大変だねぇ」 「悪いな」 気を利かせてくれたのか、何かを察した佐伯が手の平をヒラヒラさせながら部屋の奥へと消えて行った。 それを確認し、小さく息を吐くと改めて一二三と向き合う。 「取り敢えず、此処じゃなんですし場所を変えましょうか」 そっと肩に触れ、一二三を誘導するように歩き出した総一郎に、一二三も黙って後をついて来る。 「あの……昨夜の事なら……」 「あ、あぁ、その件はもういい。僕も酔ってたしな」 「そ、うですか……」 総一郎はホッと胸を撫で下ろした。 どうやら、彼は昨日の事を不問にしてくれるらしい。ならば、もうこれ以上この話を蒸し返すのはよそう。 「どうします? レストランはもう閉まってますし……。カフェか昨夜のバーなら開いてますけど」 「腹は空いていない。それよりも人が来ない静かな所で話がしたい」 「そう、ですか……。わかりました」 何となく、一二三の硬い表情や雰囲気からあまり良い話では無さそうだと思ったが、取り敢えず話だけは聞いてやろうと思い、総一郎は仕方なく頷いた。

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