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人目を避けたいという一二三の要望を叶えるべく連れ立って、飲食店などが立ち並ぶエリアを横切ろうとした時、少し派手めな数人の女性と鉢合わせしてしまった。
しまった。と思ったが、もう時既に遅し。一二三の存在に気が付くと、場の空気が一気に華やいだ。
顔立ちが良く、家柄も申し分ない。なにより、此処に乗船している女性たちの目的は、一二三のハートを射止める事。
その彼がこんな場所に現れるなんて、彼女達が放っておくはずがない。
色めき立つ場の雰囲気に、たじろぐ一二三だったが、女性たちはお構い無しに一二三の元へと駆け寄って来る。
「 西園寺さん! こんな所でお会いできるなんて嬉しいです」
「今日も一段と素敵ですね。これから飲みに行くんですけど、一緒にどうですか?」
「あーぁ。一二三さんに会えるんだったらもっときちんとお化粧しておけばよかった」
口々にそう言いながら、一二三を我先にと取り合う。この女性たちは、一二三がどう思っているかなんて興味が無いのだろう。
「あの、僕はちょっと所用があるので、今夜はちょっと……」
営業スマイルを浮かべながらやんわりと断りを入れているにも関わらず、彼女たちは諦めようとしない。
船が横浜港を出て早4日目。彼女たちは、あわよくばお近づきになりたいと目論んでいるのだ。
今回の船旅に呼ばれた理由を、彼女たちは理解しているのだろうが、肝心の一二三が乗り気でないなんて誰が思うだろうか。
小奇麗な女性に囲まれて、佐伯辺りなら鼻の下をデレデレと伸ばしてそうなシチュエーションの筈なのに、滑稽なものだ。
女性達は総一郎には一瞥もくれない。寧ろその方が気が楽でいいが、今はそんな事を考えている場合ではない。
「ねぇ、一二三さん、私の部屋すぐそこなの。ちょっとでいいから来て欲しいの。用事なんて後でもいいでしょう?」
一人の女性が一二三の腕に手を掛け、そのまま腕を絡めて来る。今にも零れ落ちそうなメロンみたいな豊満な胸が二の腕に当たっているのが目視でも確認出来て、思わずギョッとする。
「ええっと、それは、ちょっと……」
「用事ってなんですか? じゃぁ、私もご一緒たいんですがいいかしら」
一二三がやんわりと拒絶しているのがわからないのか、彼女は諦めないとばかりにグイグイと身体を摺り寄せてくるので、総一郎は慌てて一二三の腕を引き寄せ、女性から引き離した。
「あの、すみません。西園寺さん嫌がってるじゃないですか」
女性は突然割り込んで来た総一郎の存在に初めて気づき、驚いたような視線を向けて来る。
「な、なによ貴方! 使用人のクセに偉そうに! 邪魔しないで頂戴!」
一二三と接している時の猫撫で声から一転、邪魔された事に腹を立てたのか、女性がギリッとこちらを睨んでくる。こう言う気の強そうで空気が読めない強引な女は正直言って苦手だ。
目の前に居る女性達が何処の誰なのかは知らないし、本心ではかかわりあいたくないと思っている。だが、今はそういうわけにもいかない。
「俺は貴女の使用人でも何でもありませんから、貴女の言う事を聞く義理はありませんね。それに、お客様が困ってらっしゃるのを見過ごすわけにはいきませんので」
言葉の端々に棘を含ませにこやかに微笑むと、女性達はムッとしたように顔を顰めた。
だが、彼女達は一二三の手前か、総一郎に食ってかかる事はしなかった。
総一郎に邪魔をされた彼女は悔しそうに唇を噛み締めて般若のような形相で睨みつけて来る。
「どうでもいいですが、こんな夜更けに年頃のお嬢さんが男性を部屋へ連れ込もうとするなんて、あまり感心できませんね。最近の女性の貞操観念はどうなっているのでしょうか?」
「なっ、わ、私は別に……っちょっとお茶でもと思っただけよ! 変な言いがかりをつけないで頂戴っ」
「言いがかり? ずっと見てましたが、お客様は西園寺さんが現れてから、自分でブラウスのボタン2つ外してましたよね? 自分の魅力をよくわかっていらっしゃるようですが、あまりにも品が無いですよ。そう言う事は誤解を与えかねないので辞めた方がよろしいかと」
まさか、乗組員に言い返されるとは思ってもみなかったのだろう。女性が顔を真っ赤にして口をパクパクとさせているのを無視して、再び一二三の腕を引く。
「行きますよ。西園寺さん」
「あ、あぁ」
これ以上話す事など何もない。相手にしているとこちらの品位が疑われそうだ。
背後で何かキーキー言っているような声が聞こえて来るが、それには気付かない振りをして彼の肩を引き寄せて歩く。
「……キミは、凄いな」
「なんです?」
「いや……なんでもない」
一二三が何か言いたげにしていたが、総一郎はあえて深く尋ねるような事はせず、そのまま前へと進んでいった。
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