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「今、付き合っている奴はいないのだろう? 僕の相手になってくれ」
え? なに? 一体、何を言っているんだコイツは。
「ちょ、ちょっと待て、いや……待ってください! 俺、男ですよ!?」
「そんな事は見ればわかる。取り敢えず、落ち着いて話を聞いてくれないか」
これが落ち着いていられるか。未だかつて、男に告白された事なんて一度もない。
いきなり理解を超えた展開に、思考回路がショート寸前だ。と言うか、コイツはソッチの人だったのか!?
そう考えると、一二三が女性が苦手だというのも理解が出来る。
だが、すんなり分かりました。なんて、言えるわけが無い。
「えっと、悪いんですが俺……女の子が好きなんで」
「だから、話を聞けと言っている! 何も本当に付き合って欲しいわけじゃない。フリだけ、と言うか……。この船旅が終わるまでの期間一日数時間会ってくれるだけでいいんだ」
「フリ、ですか? 俺、女装するのはちょっと……」
「女装もしなくていいから。さっきも見ただろう? 少し外を歩けばああやって、品のない女性が何処からともなく現れて強引にアプローチしてくる。自由に船内を歩き回ることも出来ないんだ。それに加えて父からも、いい人は見つかったかと毎日のように呼び出されるし……」
うんざりとした様子で、一二三が溜息交じりに語る。
部屋に籠っていれば、親から責め立てられ、外に出れば好きでもない女に追いかけ回される。ならばいっそ、架空の相手を作って周りを欺こうとでも思ったのか。
「でも、そう言う事なら本物の女性の方がいいのでは? 俺が一緒に居るのは不自然なんじゃ……」
「考えてもみろ。この船に乗っている女性は自己主張の激しい令嬢達ばかりだ。それに君たちスタッフの中から選んだら彼女たちからどんな嫌がらせを受けるか……」
「あぁ」
確かに、と納得しかけてハッとして頭を振る。いや、それの何処が自分である必要があるのだ。別に彼なら相手はいくらでも居るはずでは?
「本物の女性が相手だったら、万が一惚れられても困るだろう。その点、キミは男だし、そう言う心配もない。親はきっと会わせろと言って来ると思うがその辺りは適当に誤魔化しておくから。こんな事、君にしか頼めないんだ」
「……どう考えても無理があると思うんですが……。それならやっぱり他の方に頼まれた方がいいのでは?」
「……僕にキスした事、君の上司に話してもいいのかい?」
「っ、てめっ……今それ関係ないだろっ」
思わず勢いよく立ち上がり、その拍子に座っていたソファがガタンと鈍い音を立てる。
静かにしろ、と言わんばかりに一二三が人差し指を口元に持っていくその落ち着き払った態度に若干イライラさせられたが、どう考えても分が悪いのは総一郎の方だ。
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