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「勿論、ただでとは言わない。キミの貴重な時間を使わせるんだ。それなりの謝礼はするつもりさ。 どうか人助けをすると思って、な?」 手を合わせて頭を下げられ、総一郎は深い溜息を吐く。 一二三とは数日間一緒に居ただけだが、悪い人間でない事は何となくわかる。 自分の大嫌いな奴らのように高圧的な態度は取らないし、身につけているものや持ち物こそ一つ一つが洗練された一般人には到底手が出せない品物であるが、それをひけらかすような事もしない。 そう言う部分は好感が持てるし、困ったことに一緒に居て不快だと感じた事は一度もなかった。寧ろ――……。 総一郎は小さく首を振ると盛大な溜息を一つ零した。そして、未だ顔を上げる気配のない一二三に改めて向き合う。 「わかりました。フリだけでいいなら引き受けますよ」 「ほ、本当か!?」 「えぇ。どうせ俺に拒否権なんて無いんでしょう? でも、幾つか条件があります」 「条件? なんだ、それは……」 何を言われるのかと若干の警戒と戸惑いを含んだ表情を見せる一二三に総一郎は小さく笑った。 「俺一人では色々と問題が起きた時に対処が困るので、同室者の佐伯にだけは話を通しておいてもいいですか? アイツ、チャラいですけど口は堅い男なのできっと何かの時は役に立ってくれると思いますよ」 「そ、そうか。そう、だな……沢山いる必要は無いが協力者は必要だろうしな」 「貴方の所の陰険眼鏡君には言わない方がいいでしょうね。全て親父さんに筒抜けになってるでしょうし」 「それはもちろん。敵を欺くにはまず味方からと言うし。……アイツは結局父の言いなりだから」 ほんの一瞬だけ、少し寂しそうな表情を見せたのを総一郎は見逃さなかった。 「うーん、誰が敵で、誰が味方なのかを慎重に判断した方が良さそうですね。あぁ、それと……」 「まだあるのか」 訝しげに眉を顰める一二三に、総一郎はコクリと頷いた。困惑して瞳を揺らす一二三の頬を軽く持ち上げ上向かせる。手の平に吸い付くような柔肌はとても同じ男とは思えないほどきめが細かく、染み一つない綺麗な肌だ。 「西園寺さん。さっき謝礼はすると言ってましたけど、職場の規定上お金はいただけない決まりなんです」 「そう、なのか……じゃぁ、何か別の物を準備するよ。なにがいいんだ?」 金がダメなら物で、と言う考えは至極真っ当だ。だがしかし、ブランドや貴金属には全くもって興味をそそられない。 それよりも……。 「そう、ですねぇ……。じゃぁ、一回会う度にキスするって事で手を打ちましょうか」 「は……? はぁ!?」 まさかそう来るとは思っていなかったのだろう。たっぷり5秒ほど間を開けて素っ頓狂な声が返って来た。まるで、総一郎が何を言っているのか理解出来ないとでも言いたげな顔でこちらを凝視する。 「き、君は馬鹿なのか!?」 「馬鹿で結構。嫌ならいいんですよ。別に……。交渉が決裂しても俺は何も困りませんし……。それに、もう貴方のファーストキスは俺が貰っちゃったんだし、今更じゃないですか?」 悪戯っ子のように目を細めると、一二三はあからさまに渋い顔をした。想像していた通りのリアクションが返って来て、総一郎は満足そうに笑みを深める。 さて、どう出るか? プライドが高い男であるならば、そんな真似は出来ないと断るはずだ。だがしかし、変わり者のこの男は一体どうするだろう。 それはちょっとした悪戯心と好奇心が働いた、単なる興味本位の提案だった。 まぁ、どうせ断るに決まっている。そう高を括っていたのだが――。 「わ、わかった……それでいい」 「ですよね……って、え、マジで?」 思っていた通りの反応が返って来たと思ったのも束の間。まさか、二つ返事で了承されるとは予想していなかった。

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