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act8 一二三SIDE

総一郎と約束を取り付けた翌日、毎日しつこいくらいに聞いてくる父には、お付き合いする人が出来た。とだけ伝えた。風見はしつこく何処の令嬢かと聞いて来たが、プライベートに踏み込むなと一喝して黙らせた。 総一郎とは、先日の展望室で落ち合う事もあるが、基本的に彼の部屋で過ごすことの方が多い。  基本的に職員用の出入り口はわかりにくい場所に設置してあるため、人目に付きにくいというのが主な理由だ。 中では、他愛もない話をして時間を潰すことがほとんどだ。だが、数日一緒に居てわかった事がある。総一郎は聞き上手で人から話を引き出すのが上手い。 30分程度の予定だったのに、気が付けば数時間経っていた。なんて事もザラにある。 「あぁ、もうこんな時間か……。じゃぁ、僕はそろそろ部屋に……」 「西園寺さん。約束、忘れてませんよね?」 午後11時。消灯時間を過ぎた後、自室に戻ろうかと立ち上がると、ベッドに座る総一郎がニヤリと笑って腕を引いた。 「も、もちろんだとも」 忘れるわけがない。と言うか、忘れようにも忘れられない。何せ、それはこの数日間の懸案事項なのだから。 「じゃ、此処に座って」 ポンポンと自分の隣を叩く総一郎。躊躇していると、早くと催促されたので、諦めてそこに腰を下ろす。 「もうちょっと近くに来てくださいよ」 「……こ、これ以上は無理だ」 「ふはっ、そんなに意識されたら、意地悪したくなるじゃないですか」 ハッと顔を上げた瞬間、グイっ肩を引き寄せられ、アッと思う間もなく唇が間近に迫った。 ドキッとして思わず目を閉じた。 チュッ、と軽いキスが、唇に落ちる。 それだけでも、一二三にとってはキャパオーバーだ。 「ふはっ、茹蛸かよ。まだ慣れないんですか?」 「そ、そんなわけっ……ないだろっ」 「ふーん……じゃ、もう一回」 「は? あっ、おまっ……ま、んっ……ぁ……」 顎をしっかりと固定され首を動かすことも出来ないまま一度離れた唇がまた重なった。しっとりと唇を吸われ、首の後ろがざわっと粟立つ。そんな一二三の反応なんてお見通しとでも言うように総一郎の手が宥めるようにうなじから背中をゆっくりと撫でた。 「ん……」 うっとりと全身の力が抜けていく。 微かに唇が離れた。一二三が小さくため息を吐くとそれを待っていたかのようにまたキス。 今度は先程よりもしっかりと唇を吸われ、全身が熱くなる。 「はっ……んン……」 薄っすらと開いた唇の間にするりと分厚い舌が滑り込んる。来て遊ぶように口内を探られ、どうしたらいいかもわからずに戸惑っていると逃げるように巻いた舌を絡め取られ強く吸われる。 息苦しくなって、総一郎の服の裾を掴んだ。縋り付くような体勢は、まるでキスを強請っているかのようにも見えるが、一二三にそんな事を気にしている余裕はない。 たっぷりと口内を堪能した後、最後に舌を吸い上げられて唇が離れた。 「……はっ……ぁ……」 どうしよう……。なんだか変だ。身体の奥がさっきから熱い。 くったりと力が抜けて身体を預けると総一郎の体温が伝わってくる。 「たく、キスだけでこんな……」 苦笑交じりの声が頭上で響く。 「……う、るさい」 「ふっ……まぁ、そう言うの嫌いじゃないですけど」 力一杯睨みつけるが、赤くなった顔では迫力はないのだろう。総一郎がおかしそうに笑っていて、気恥ずかしいやら居た堪れないやらで何も言えなくなってしまう。 そんな一二三をからかうわけでもなく、いたわるように頬を撫でられた。くすぐったい様なその感触が心地よくてフワフワと雲の上に乗っているような気分になる。 「ほら、そそそろ戻る時間じゃないんですか?」 「……あぁ、そうだな。では、また」 離れていく温もりに少しだけ寂しさを感じつつ、ドアノブに手を掛けた。 「あ、西園寺さん」 「ん? え……ッ」 呼び止められて振り返る。そのタイミングで唇に触れるだけのキス。 「な……っ 」 「また明日。おやすみなさい」 ニッと歯を見せて悪戯っぽく笑う総一郎に絶句。 「し、失礼する!」 先ほどのキスの感覚が一気に蘇り、一二三は慌てて逃げるように総一郎の部屋を後にした。

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