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「で? 何処のお嬢さんなんだい? キミのハートを射止めたのは。きっと可愛らしい方なんだろうね」 「そう、ですね……。素敵な方ですよ。真っすぐで、一緒に居ると落ち着く方です」 「残念だが神崎さん、一二三はいくら聞いても教えてはくれないんだ。全く、頑固な所は誰に似たんだか……」 「ハハッ、すみません。彼女はとてもシャイなんですよ。時期が来たら紹介しますので今はそっとしておいてくれませんか?」 一二三は引き攣りそうな顔を何とか取り繕い、笑顔で答えた。我ながら嘘つきだなぁとは思う。 「そんな事より、お二人とも。本題に入りませんか? 時間も限られていますし」 「一二三君はせっかちだなぁ。もう少し私の話し相手になってくれてもいいのに」 わざとらしく溜息を吐き肩を竦める神崎の言葉を愛想笑いでスルーして、用意された飲み物を片手に席に着くと、早速本題に入るように促した。 茶番は早く終わらせたかったし、根掘り葉掘り聞かれると色々と都合が悪い。  こんな加齢臭漂う親父と話すより、総一郎の相手をしていた方が何億倍も楽しい。 ……いや、別に総一郎とどうこうなりたいとかそう言う事ではなく、ただ純粋に一緒に居ると心が安らぐと言う意味で、だ。 それに、総一郎は父と違って強引にコトを運ぶような事はしない。一二三が話さなくても向こうから話題を振ってくれたり、空気もきちんと読める。 だから、一緒に居て楽なのだ。 ……そう、それだけ。他意はない。 心の中で言い訳をつらつらと並べ、自分は何を考えているのだと慌ててその考えを打ち消した。 「あー、疲れた。あの狸親父! 帰り際に僕の尻撫でて行ったんだ。あり得なくないか?」 何時もの如く、夜22時を過ぎてから人目を避けて総一郎の元へとやってきた一二三は、展望室に入るなりあからさまに嫌悪感を丸出しにしてそう吐き捨てた。 「ははっ、西園寺さんでもそんな事言うんですね」 おいでと手招きされ、ソファに座る総一郎の横に腰掛ける。総一郎が準備してくれていたココアの香りが鼻腔を掠めてほぅ、と安堵の息を吐くと一気に身体の力を抜いた。 「僕だって、聖人君子じゃないんだから愚痴くらい零すさ」 コツンと肩に頭を乗せ掛け、小さく息を吐く。普段は愚痴なんてめったに零さない。零せるような相手も居なかったから。 だが、何故だろうか? 総一郎相手だとついつい甘えてしまう。年上だから? それとも、総一郎が聞き上手だから? 理由はよくわからないが、総一郎に寄り掛かっていると安心するし心が安らぐ。 総一郎は拒絶するでもなく、ただ黙って一二三の背中を撫でてくれる。その優しい手に身を委ねていると気持ちが安らいできて、さっきまでささくれ立っていた気持ちも何時の間にか落ち着いていくのを感じる。 この男の彼女になる人はきっと幸せだろう。まだ出会って数日しか経っていないが、何となくだがそう思った。 「そういう時は、綺麗な景色でも見て気分転換が一番ですよ」 総一郎が指さす先には、一面に広がる海と星空。薄暗いこの部屋からはガラス張りでも景色が良く見える。立ち上がって窓の側まで行き覗き込めば、宝石を散りばめたような夜景と瞬く星空が交互に瞳に映った。 確かにこの景色を見ていると、なんだか心が洗われるような気がしてくる。 確かにこの景色を見ていると、なんだか心が洗われるような気がしてくる。 「確かに綺麗だな。でも、景色なら甲板に出た方がよく見えそうだが」 「あー、そうですね。でも、この時間帯に外に出るのはお勧めしません。海の怪物に攫われてしまいますから」 「えっ!?」 総一郎の言葉に驚いて顔を上げると、冗談ですよ。と笑われてしまった。

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