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ACT.9 総一郎side

「総一郎~! 聞いてくれよ~! 昨日、重さん所に行ったら、超かわいい女の子が居てさ、思わず見蕩れてたら冷たくあしらわれて……。すっげぇ性格キツそうな子だったんだけど、そこがまたグッと来るっていうか。冷たい視線が堪んないんだよ~。俺、目覚めちゃったかも……ッ」 朝っぱらから|阿呆《佐伯》がなにやら喚いている。毎度毎度懲りないなと思いながらも適当に聞き流し、総一郎は深く重い溜息を吐いた。 同室者がドMだろうがなんだろうが、自分には関係ない。佐伯は口は堅いし、悪いヤツでは無いが、女の事になると途端に五月蠅くなるから鬱陶しい。 総一郎は内心呆れつつも、適当に相槌を打ちながら、ハンガーに掛けてあるジャケットを羽織り身支度を整える。 あと、数時間でこの船は次の寄港地である釜山へと到着する。乗客が観光へと出かけている間、従業員総出で各部屋を回り、掃除を済ませなければいけない。 今日が一日フリータイムで良かった。昨夜、うっかり一二三に手を出してしまったから、なんとなく彼とは顔を合わせ辛い。 「なになにー? 総一郎朝からテンション低いな」 「俺がテンション高かったことが一度でもあったか?」 ノリが悪いと不満そうに顔を覗き込んで来る佐伯を一瞥し、白い手袋を装着する。 「相変わらず、真面目だねぇ。総ちゃんは」 「総ちゃん言うな! お前は悩みが無さそうで羨ましいよ」 「えへへ、それほどでも」 嫌味を言ったつもりなのに、全くもって効いていない。 「あ、そういや、ひふみんとその後どうなった?」 「……ッ」 突然佐伯から出た名前に動揺して思わず間があいた。それを見逃さない佐伯がにやにやと嗤う。 「なんだなんだ? その反応。さては……」 「ばっ、そんな訳ないだろっ!」 慌てて否定したが、それに限りなく近い事をしたという自覚はある為強くは否定できない。 「ハハッ、まだ何も言ってないだろ。そんなムキになんなよ。影武者の恋人役が手ぇ出したら流石にヤバいもんな」 「ぅ……っ」 「しかも相手はあの、西園寺グループのトップ! 怒らせたら絶対まずいっしょ」 「……」 やはりそう思うのが普通だろう。昨夜は魔が差してついつい、なんてそんな甘い言葉で済ませていい案件ではない事は、自分でも重々わかっている。 「ま、金持ちが嫌いなお前が手ぇ出すはずないってわかってるって! しっかしまぁ、良く引き受けたよな、お前が架空の影武者やるって言い出した時はガチでビビったよ」 「ははっ」 何とも耳の痛い話だ。確かに金持ちは今でも嫌いだし、出来る事なら近付きたくないと思っている。だけど、一二三だけは違う。 金持ちらしからぬ立ち振る舞いや、浮世離れした潔癖さ、良くも悪くも純粋で妙に子供ぽくて不思議な男。  面倒ごとには関わりたく無かったのに、いつも彼が来る時間帯になるとソワソワしてしまう自分がいる。それどころか、今日はどんな表情を見せてくれるのかと最近ではそれが密かな楽しみになりつつある。 それに、別に処女廚でも何でもないが、自分の手でなにも知らないあの男に快楽を教え込んでいるのだと思ったら、堪らない罪悪感と仄暗い高揚感を覚えたのは確かだ。 まるでそれは、真っ白なシーツに黒い染みを一つ零した時のような――。

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