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「……怒って、ないんですか?」 「怒る? キミはこの間もそんな事を言っていたな。そんなに僕は怒りっぽく見えるのか?」 「いえ。そうでは無くて……。普通、あんな風にされたら怒りませんか。ましてや俺はただの一般職員ですし……嫌じゃないのかなぁって」 まだるっこしいやり取りは苦手で、率直に思った事を口にする。 男の自分が、色々な面で下の相手に組み敷かれているなんて、普通だったら屈辱的だろうに、彼はそれを甘んじて受け入れている。 その真意を知りたかった。 「……確かに、本来なら怒るべきところなのかもしれない。だけど、……キミは強引だけど、本気で嫌がることはしないとわかっているというか……その……」 一二三が一瞬言い淀み、モゴモゴと口の開閉を繰り返しながら言葉を詰まらせている。 「……? なんですか」 何が言いたいのか一向に的を得ない一二三の態度に痺れを切らし、総一郎が顔を覗き込むと、彼は顔を真っ赤にして唇をわななかせた。 「……それが、い、嫌じゃなかったから困ってるんだ」 「へ?」 一二三の返答に、今度は総一郎が目を点にする番だった。 まさかそんな返事が返ってくるなんて思いもしなかった。 「キミに触れられると、変なんだ……。今まで、他人に触れられるなんて考えた事もなかったし、触れたいと思った事もない。なのに、キミにキスされるのは嫌じゃないし、昨日のアレだって……き、気持ちよすぎて、おかしくなりそうで……っ、どうしたらいいかわからないんだ!」 真っ赤な顔でまくし立てられ、総一郎はあんぐりと口を開けたまま硬直した。 信じられない。あの西園寺グループが生み出した奇跡の天使が、今なんと言った? 「か、勘違いするなよ! 別にキミの事なんてなんとも思ってないんだからな! ただ、その……っ」 一二三はそこで言葉を切って、視線を彷徨わせる。 「……き、キミに触られるのは、嫌いじゃない」   それは蚊の鳴くような小さな声だった。だが、はっきりと耳に響いた。 それは、つまり……。いや、これは自意識過剰な考えだろうか? でも、彼が冗談で言っているようにはとても見えない。 「ハハッ、マジでアンタ、変な奴……」 胸の奥から湧き上がって来る熱い衝動。その熱が一気に身体中に広がって行く。 金持ちなんてみんな同じで、絶対に分かり合える日なんて来ないと思っていたのに。この男はいつも自分の想像の斜め上を超えて来る。誰に対しても分け隔てなく接してくれて、裏表がない。 「変とはなんだ! 失礼だな」 一二三が言葉を真に受けて不貞腐れた顔をした。その表情が妙に子供っぽくて総一郎は笑ってしまいそうになるのをグッと堪える。 恐らく、この少年のような純真さ、子供っぽさが一二三の魅力だろう。 雲の上に居る存在の筈なのに、堅苦しくなくて、自由で、一緒に居ると気持ちがとても楽になる。 客と従業員と言う垣根を越えて、ついつい、本音の自分が顔を覗かせてしまいそうになる。 その気持ちの正体がなんなのかは、まだわからない。わかりたくないだけなのかもしれない。 今はまだ――。 総一郎はフッと笑い、一二三の身体を引き寄せ、自分の腕の中に抱き込んだ。 「お、おいっ」 「ほんっと、可愛い。アンタみたいな人、初めてですよ……」 腕の中でジタバタと藻掻く一二三の抵抗を難なく封じ、その耳元に唇を近付ける。 「っ、へ、変なやつとか、可愛いとか……ソレ、全然褒めてないだろっ!」 「別にいいだろ。褒めてる褒めてる」 「なんか納得いかない!」 腕の中で暴れる一二三を一層強く抱き締め、その肩に顔を埋める。仄かに香る甘い匂いが鼻腔を擽り、眩暈がしそうだった。 とくん、とくん、と、重なる心音がなんだか心地よく感じられる。 「それにしても、西園寺さんわかってます?」 「何が?」 きょと、っとした表情で見上げて来るこの男は、自分が今、どんな状況に居るのかなんてきっとわかっていないのだろう。 此処が総一郎の部屋で、自分が恐ろしく無防備な状態で居る事も。 「キスするのも、抱き合うのも嫌じゃない、なんて……。そんな事言われたら、男は大抵勘違いしますよ?」 そっと頬を撫で、顎を持ち上げて上を向かせると、一二三は狼狽したように視線を彷徨わせた。

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