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ACT.11 総一郎side
待ち合わせの時間30分前に、指定した場所へ辿り着くと既に一二三はそこにいた。
ソワソワと落ち着かず、一二三の存在に気付いた女性達に声を掛けられる度ににこやかな笑顔で対応してはいるが、明らかに心ここにあらずといった様子がありありと見て取れて総一郎は思わず苦笑する。
「やっぱり、もっと目立たない場所にするべきでしたね」
近付いていき、そう声を掛けると、一二三は顔を上げ、総一郎の存在に気付くとあからさまにホッとしたように息を吐いた。
「……大丈夫だ。僕も今さっき来たところだから」
一二三のその言葉に、総一郎が思わず苦笑する。
「嘘ばっかり」
「う……いや、その……」
一二三はバツが悪そうに頭を掻きモゴモゴと口の中で何か呟くが、結局何も言わず、俯いてしまう。その耳が僅かに赤くなっているような気がするのは暖色系の照明のせいだけではなさそうだ。
「……来てくれてありがとうございます。正直、急でしたし、断られると思ってました」
パリッとノリの利いた仕立てのいいスーツに身を包み、柔らかな髪をオールバックで撫でつけた一二三は、いつにも増して大人びた印象がする。とても、今朝がた自分の腕に縋りついて啼いていた人物と同一人物とは思えない。今日の約束だって、半ば無理やり取り付けたようなものだ。
折角の船旅にまで仕事を持ち込み、一日の大半は部屋に籠りっきりで書類の整理や今後の事業展開など考えることは山積みだと数日前にぼやいていたのを総一郎は知っていた。
別にそれは今やらなくてもいいのではないか? と思ったが、ワーカーホリック気味なのか、外に出ると令嬢たちの圧が凄いからなのかはわからないが、一二三はとにかく仕事から離れない。
出会ってまだ数日だが、彼はとにかく根が真面目なことはだけは分かる。それが総一郎にとっては新鮮で、興味深かった。だから、もっと彼のことを知りたいと思った。
それに、折角の豪華客船で、部屋にこもりっきりは勿体ない。自分が働く船の魅力を伝えたいし、知って欲しいとも思っていた。
「行きましょうか。西園寺さん……。今夜は俺にエスコートされてください」
わざと畏まった口調でそう言って、右手を差しだすと、一二三は一瞬きょとんとした顔で総一郎と差し出された手を交互に見る。
「ふっ……」
そして、次の瞬間破顔し、差し出した総一郎の手にそっと自分の手を重ねた。
「百戦錬磨の君のお手並みを拝見させてもらおうかな」
「なんですか、それ。人聞きが悪いな」
二人でクスっと笑い合い、ざわつく周囲の視線を無視して劇場内へと足を踏み入れる。
本来、一二三クラスの大物ならばVIP席を用意するべきなのだろうが、一般社員の総一郎にそんな芸当が出来る筈もなく、一番後ろの空いている席を探し、そこに腰かけた。
「意外と広いんだな。シートも本格的じゃないか……」
「まぁ、700席ありますから。結構評判がいいんですよ。時間によって内容が変わるんです。マジックショーや、オペラなんかもありますし」
「へぇ……。そう、なのか」
一二三は物珍しそうに、キョロキョロと周囲を見回している。本当に、純粋な子供がそのまま大きくなった様な人だ。と総一郎は思う。
温室でぬくぬくと大切に育てられ、何不自由なく育ってきたのだろう。正真正銘の箱入り息子。椅子に座る仕草一つとっても、気品があり、優雅で思わず見惚れてしまいそうになる。
本来ならこうやって隣同士で座り、一緒の空間を共有することすら許されないような相手なのだ。そんな彼を自分は今、独占している。
今朝なんて、自分の部屋であんな淫らな姿を晒していたのだ。自分の腕の中で、総一郎が与える快楽に身を委ね、全身で啼いていたのだ。
それは自分だけしか知らない秘め事。そして、二人だけが知っている甘い秘密。
「……俺、刺されたりしないよな……」
「何を言ってるんだ?」
心の声が洩れ出ていたらしい。一二三は呆れた様に総一郎を見る。
「いえ。何でも」
「変なヤツだな、君は」
ふわりと笑って表情を崩す一二三にドキリと心臓が跳ねた。
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