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そのタイミングで照明が落ち、舞台だけがスポットライトに照らされる。 静かな音楽と共に始まったのは、ロミオとジュリエットを現代版にアレンジしたオリジナルの物語だった。 大企業のお嬢様と一般的サラリーマンの、身分違いの恋。出会うはずのない二人が出会い、互いに惹かれ合いながらも淡い恋心を抱いたまま引き裂かれてしまった恋人達の物語を、切ない恋愛模様で綴った内容。そのストーリーは古典ほど悲劇的ではないが、心に切なさを残しつつ、結末を迎える。エトワール内で一番人気の演目だが、男二人で見るものでは無かったと、始まって少ししてから気が付いた。 どうせなら、何も考えずに楽しめる手品やマジックショーの方が良かったかもしれない。 この切ない恋物語を一二三はどんなことを考えながら見ているのだろう?  ふと気になって、総一郎はこっそりと一二三の表情を盗み見ようと、視線を向ける。 するとその視線に気づいたのか、一二三は舞台から視線を外し、総一郎の顔を見た。 二人の視線が絡み合う。 吸い込まれそうな程に美しい薄茶色の瞳に、思わず見惚れていると、一二三はそっと手を伸ばし、総一郎の手に自分の手を重ねた。そして指を絡ませてくる。 一体、どういうつもりなのかと思ったが、拒否はしなかった。そうすることが 自然なような気がして、総一郎も一二三の指に指を絡めていく。 コツンと自分の肩に頭を乗せ、一二三は甘えるように身体を擦り寄せてくる。 まるで、恋人同士の逢瀬のようなその仕草に、思わず胸が熱くなった。 握り合った手のひらが熱い。しっとりと汗ばんで、相手を不快にしていないか心配になったが、一二三の手を振り解くことは出来なかった。 甲板に出ると、夜の冷たい海風が容赦なく吹きつけてくる。 「う……さむ」 「だから言ったのに」 ふるりと小さく震える一二三を抱き寄せ、総一郎はシャツのポケットに忍ばせておいたカイロを取り出し、彼の手を取って握らせてやる。 流石に消灯時刻を過ぎた後の船上は照明が半分に落とされ、僅かな光が頼りなく周囲を照らしている。 だが、船の先端に近づけば近づくほど闇は深くなり、足元すら覚束ない暗闇が広がっていた。 「足元気を付けてくださいね。色んなものが置いてあるので」 無造作に置かれたロープなどを一二三が転ばないように避けながら歩いていくと、流石に怖くなったのか一二三が服の裾をぎゅっと掴んでくる。 「随分と暗いな……」 「そりゃそうですよ。夜ですから」 そもそも、外に出てみたいと言ったのは一二三だ。何時ものように展望室でいいのでは? と、提案してみたのだが、なぜか今日に限っては、「甲板で見たい」と言ってきかなかったのだ。 欄干伝いに歩けばすぐに周囲は闇に沈み、誰からも――互いの顏も見えなくなってしまう。 頭上に煌めくいくつかの星々と、大きな満月だけが煌々と闇を照らしている。 時折聞こえる波の音と、船のエンジン音。それ以外は何もない、静寂に満ちた世界。 「あ……凄く、綺麗な月だな……」 カイロを受け取り、総一郎の胸元に身を寄せながら夜空を見上げて一二三が呟く。つられて上に視線を移せば、大きな丸い満月が、周囲の海を照らしながら海上に光の道を描いている。月の周りにはキラキラと散りばめられた星屑が光を放ち、暗い海の上を彩っていた。 「コレが見たかったんですか?」 「あぁ。今夜はスーパームーンらしいからね。見てみたかったんだ」 「スーパー、ムーンですか……」 「滅多に見られない現象らしくて、確か三年ぶりの観測とか……。見ると願いが叶うって言われてるんだよ」 「へぇ……」 案外一二三はロマンチストなのだろうか? そんなことを思いながら相槌を打ち、総一郎は一二三の顔を見つめる。 月明かりに照らし出された端整な横顔は、透ける程に白く、現実離れした美しさと妖しさを醸し出しているように思えて、ハッとして息をするのを忘れてしまいそうになる。 なぜだろう。胸がドキドキする。 今まで男になんか興味も関心もなかったのに。彼は男で、自分もまた男だ。なのに、どうしてこんなにも自分は彼に惹きつけられているのか。その理由を探ろうと彼を見つめていると、ふいに一二三がふっと顔を上げた。月明かりに照らされた長い睫毛が、白い頬に影を落としている。綺麗だ。初めて会った時もそう思った。男に綺麗と言う言葉は適正では無いのかもしれない。 だが、月明かりのに照らされた彼は、つい見惚れてしまいそうになるほど一二三を形作る全てが美しく、そして、儚げで……今にも消えてしまいそうな危うさを内包している。 「何を願うのか聞かないのか?」 「……聞いて、欲しいんですか?」 質問に質問で返すと、一二三はウッと言葉に詰まった。 「別にそう言うわけではない……」 視線を逸らし、ツンとそっぽを向いた彼の耳がほんのりと色付いているのに気が付いて、総一郎は思わず笑ってしまう。 「なんですか」 「べつに」 「別にって態度じゃないじゃないですか。教えて下さい。聞きたいです」 「嫌だ」 自分で話を振っておきながら頑なに口を割ろうとしないのはなんなのか。 「思わせぶりな態度とっておいて、それは無いでしょう」 「なっ……思わせぶりって、別にそんなつもりは無い! 僕はただ……」 「ただ?」 総一郎の指摘に一二三は反論するが、その後に言葉は続かない。一体なにを言い澱んでいるのだろう? 「……ッ、いや。何でもない」 ふいっと顔を背けた一二三は、そのまま黙り込んでしまう。一体何が言いたかったのか。色々と想像を巡らせてみるが、答えは出なくて、総一郎は諦めて溜息を吐く。 「冷えて来ましたし……。そろそろ戻りましょうか」 「えっ? あ、そ、そう……だな」 そっと手を離すと、ほんの一瞬一二三の表情が寂しそうに翳った。何処か不満げな様子ではあるが、それが何なのか自分にはわからない。それに気付かぬふりをして来た道を辿り、船内に向かって歩いていく。 デッキと船内を隔てる扉に差し掛かり、ドアノブに手を掛けようとした所でクイッと裾を引かれ、振り返った。

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