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心臓がトクトクと音を立てている。こんなにドキドキするのは、沢山走って来たせいだけじゃ無いはずだ。
その音に耳を澄ませば、鼓動ごとに想いが溢れて来るのが自分でもわかった。
一二三は躊躇いながらもそっと総一郎の服の裾を掴んだまま、コクリと頷いた。
やっぱり、彼の事が好きなんだ――。
有耶無耶にしようとしていた感情を改めて認識して、一二三は総一郎に気付かれないように小さく溜息を吐いた。
総一郎が側にいて、自分に優しくしてくれるのは、カモフラージュの為の雰囲気づくりに過ぎない。恋愛経験がほとんどない自分に架空の恋人が出来たという設定にリアリティを持たせるための、ただの演技。
彼に気が無い事位わかっているし、自分だってこんな気持ちを抱く予定なんて無かった。
この想いは、彼を困らせるだけ。
そもそも、この船を降りるまでの期間限定の予定だったが、風見にバレてしまった以上もうこの関係を続けていくことは不可能だろう。
好きだと自覚した途端に諦めなければいけないのは辛いが、深く関わる前で良かったと思うしかない。
こうして総一郎に会えるものもしかしたらコレが最後になるかもしれない。
そう思うと心が引き絞られるように痛んだ。
「西園寺さん?」
「え? あぁ、すまない……。展望室だったね」
総一郎の声にハッとして、顔を上げると、訝し気に眉を寄せた彼と視線が合い慌てて取り繕う。
一体何を考えているんだろう。今はそんな事考えてる場合じゃないのに……。
一二三は沈みそうになる気持ちを振り切るように頭を振ると、総一郎と共に展望室へと向かった。
「で? 今度は何があったんです?」
備え付けの自販機でカップに入ったココアを買い、展望室のソファに座ると、総一郎が開口一番そう尋ねてきた。
何と言えばいいのか迷い、一瞬の間が出来たが総一郎に背中をゆっくりと撫でられて、思いの丈を吐き出すように言葉が洩れる。
「今日、君と一緒に居た事が風見にバレてしまったんだ……」
「あぁ、なるほど」
一二三の言葉に、総一郎は一瞬ぽかんとした表情を見せたが、直ぐに納得したように頷いた。
「驚かないんだな」
「まぁ、いつかはそうなる気がしてましたし。それにあの男、一瞬しか話したことないですが凄く陰険そうだし、腹ン中真っ黒って感じ? 粘着質な雰囲気駄々洩れだったじゃないですか」
「そ、そうだっただろうか?」
総一郎は一二三の知らない所で風見の事をそう評価していたようだ。確かに、初めからいい印象を持っていないのは知っていたが、それを粘着質とまで言わせるとは……。
「まぁ、大方……貴方に彼はふさわしくないとか何とか言われたんでしょう? それで逃げて来たと」
「それもある。でも……それだけじゃなくて……」
先ほど起こった事を思い出し、一二三は唇を噛んだ。ベッドに押し倒された時のあの冷たい瞳。思い出すだけで身体が震える。
「……西園寺さん?」
「き、君に何処まで身体を許したのか……って聞かれて、ベッドに……」
「え、ちょ、ちょっと待ってください。何すか、ソレ。何でそうなるわけ?」
一二三の言葉に総一郎はギョッとしたように驚きの表情を浮かべ、眉間に深い皺を刻んで苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「って、アンタまさかアイツに……?」
「ち、違う! 何もされてない! ただ、その……そういう行為をしたのかって迫られて……」
慌てて首を横に振って否定すると、総一郎はあからさまに安堵した表情を浮かべた。
「あぁ……そう、ですか……。良かった……俺てっきり……」
「……あんな男とするわけ無いじゃないか。……するなら、君とがいい」
手の中のココアをチャプチャプと揺らしながらポツリと呟いた言葉は思った以上に大きく響いたようで、ほんの一瞬の沈黙が落ちる。
総一郎は一瞬目を大きく見開いた後、直ぐに片手で顔を覆い溜息を吐きだした。
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