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第25話

 評議会から数日が過ぎた。  王宮に与えられた部屋には、もはやわずかな荷物しか残っていなかった。オレは自分の所持品を黙々と木箱に詰める。シャツに下着、そしていくつかの装備品。そのほとんどは既に整理し終えていた。あとはもうこまごまとした小物しか残っていない。 「……こんなに荷物が少なかったんだな」  声に出して呟いたのは、この豪華な部屋に自分の持ち物がいかに少なかったかを実感したからだ。オレがここで過ごした時間は、思ったよりもずっと短かった。  部屋の隅では、二人のメイドが黙々と掃除をしていた。彼女たちは以前にも増してオレと目を合わせないようにしている。まあ、もう婚約は破談になった。当然と言えば当然の変化だ。 (もともと見せかけの婚約だったんだし、いつかは終わる関係だったんだ)  そう自分に言い聞かせる。ただ終わりの時期が少し早まっただけだ。でも……。 「くそっ」  胸の奥がキリキリと痛む。  この感情は悲しさなのか? 悔しさなのか? 自分でもよくわからない。ただひとつ確かなのは、レオン殿下とろくに話せぬまま別々になってしまうことへの後悔だけだ。  オレが「護衛騎士」として雇われた日から、いろんなことがあった。エドガーさんとの日々、リディア王女の救出、東の砦での事件……。それらの記憶が頭の中を駆け巡る。 「はぁ……」  思わず大きな溜息をついてしまう。  評議会の決議で正式に婚約は破談となった。それと同時にオレは「護衛騎士」としての立場も失ってしまった。つまり、もうレオン殿下の傍にいる理由がなくなったのだ。  加えて、レオン殿下は謹慎処分中で、直接会うことができない。自分の立場が失われた後も、彼に会いに行くことができれば少しは救いになったかもしれないのに。 (……まあ、オレがオメガになって騎士団を辞めた頃の状態に戻るだけだよな)  そう思うのだが、あの頃と今では一つだけ決定的な違いがある。あの頃のオレとレオン殿下は単なる上官と部下の関係だった。でも今はもう、オレは彼をただの上司と部下という関係だけでは見られなくなっている。  砦の件で軍事指揮権も剥奪されるという重い処分を受けたレオン殿下。彼は今、とても厳しい立場に置かれている。そんな彼の傍にいられないことが何よりも辛く感じられた。 (もう、レオン殿下とは会えないだろうな……)  片付けられた部屋を眺めながら、オレは不意にそう思った。ここを出た後、彼と再会する機会があるとは思えない。昔は同じ騎士として会う機会もあったが、今はオレはただのオメガ。彼は王子。その距離はあまりにも遠い。  ノックの音がして、ドアが開いた。入ってきたのは、レオン殿下の執事エドガーだった。 「セリル殿、ご準備はいかがですか?」 「あぁ、エドガーさん。もうほとんど片付いたよ」  オレは少し気まずい笑顔を浮かべた。エドガーからすれば、ここしばらくレオン殿下に起こった出来事はほぼオレが原因だと思っているだろう。オレは彼から責められることを覚悟して彼に向き合った。  ところが、エドガーの表情は予想に反してオレに気遣わしげな表情を見せた。 「必要なものはありませんか? お手伝いできることがあれば」 「え? あ、いや、大丈夫だよ。もう荷物もそんなにないし……」  オレは少し戸惑った。エドガーがオレのことを心配してくれているなんて。 「……セリル殿」  エドガーは部屋の中を見回し、メイドたちに目をやる。 「少々話があります。廊下へどうぞ」  そう言って、彼はドアの外へと出ていった。オレも慌ててその後を追う。  廊下に出ると、エドガーは周囲を見渡してから、小さな声で話し始めた。 「一つお願いがあります。レオンハルト殿下と一度話し合ってください」 「え……でも、オレはもう殿下に会える身分では……」 「確かにその通りです。しかし、あなた方にはまだ解決すべき問題がある。このまま別れるべきではありません」  エドガーは真剣な表情でそう言った。 「では、謹慎中の殿下に会うにはどうすれば……」 「私がいくらか時間を稼ぎます。今夜の夕食後の時間、殿下の執務室にお向かいください。殿下はあなたを待っています」  エドガーの申し出に、オレは一瞬考えた。確かに、このまま何も言わずに別れるのは後悔が残る。せめてお礼と謝罪の言葉くらいは伝えたいし、東の砦の件であんな結果になってしまったことも謝罪したい。 「……わかりました。行きます」 「よろしい。それでは、私はこれで」  エドガーは軽く頭を下げ、廊下の向こうへと歩いていった。彼の背中を見送りながら、オレは思った。  彼はおそらく、主であるレオン殿下を本当に案じているのだろう。いずれにせよ、この機会は逃せない。今夜、レオン殿下にすべてを話そう。  感謝の気持ちも、謝罪の言葉も、……この胸にわだかまる、後悔のような感情も。

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