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第27話
「お前が他の者に触れられること、他の者の名を呼ぶこと、他の者の子を宿すこと——そんな未来を想像するだけで、胸が焼け焦げるようだった」
レオン殿下の声は低く、しかし激しい感情を秘めていた。その言葉に込められた感情の重みにオレは身動きが取れなくなる。
「誰かに嫁ぐなんて言うな。そんなことは断じて許さない」
その言葉と同時に、レオン殿下の唇がオレの首筋に押し当てられた。今にもうなじを噛みつかれてしまいしような体勢に、オレは本能的な恐怖を覚える。
「お前はここにいるべきだ。私の傍に——私だけの側に」
心臓が早鐘を打つ。知っているはずの彼の声なのに、これほど執着に満ちた調子は初めてだった。レオン殿下のこんな激しい一面を、オレはこれまで見たことがない。言葉を一つ一つかみしめながら、オレは黙って耳を傾けた。
「だから、お前の家に婚約の申し入れをした」
レオン殿下はゆっくりと手を緩め、オレの首元から顔を離した。しかし完全には離さない。その手はオレの肩から腕へと滑り、最後は指を絡めた。まるでオレが逃げないよう、繋ぎとめているかのように。
「我ながら無謀な行動だったが……後悔はしていない」
レオン殿下は再びオレの目を見つめた。さっきまでの激しさは影を潜め、今度は切なさと哀願の色が浮かんでいる。
「もしお前が他の者のところへ行くくらいなら、閉じ込めてでも側に置いておきたかった。それほどまでに、私にはお前が必要だった」
レオン殿下が小さく苦笑する。その熱い吐息がオレの頬を撫でた。
「だが、自分の気持ちを正直に伝えれば、お前が困惑して離れていくのではないかと恐れた。だからあえて『見せかけの婚約』という形を取った。それなら、お前も王宮に残れるし、近くにいることができると。卑怯だとは思った。だが……」
彼の顔がゆっくりとオレに近づき、額と額がくっつくほどの距離になる。その瞳がオレの目の中をのぞき込むように見つめてきた。
「お前を失うくらいなら、どんな手段でも使うつもりだった」
そこまで言って、レオン殿下は言葉を止めた。
オレは言葉を失っていた。頭の中がぐるぐると回り、何を言えばいいのか、どう受け止めればいいのか分からない。今まで『見せかけ』だと思っていた婚約が、レオン殿下の本気の気持ちだったなんて。
(レオン殿下が、オレに? 本気で? ずっと前から?)
そして彼が口にした感情の深さと激しさに、オレは混乱しっぱなしだった。あの完璧主義のレオン殿下が、こんなにも情熱的な一面を持っていたなんて。
「……逃げるつもりか?」
レオン殿下の問いに、オレははっとした。無意識のうちにドアに向かって一歩後ずさっていたのだ。
「い、いえ! そんなつもりは……」
慌てて否定したが、正直、頭の中は混乱していた。気持ちを整理したくて、少し距離を取りたいと思っただけなのに。
でも、逃げようとするオレの腕をレオン殿下はしっかりと掴んで離さない。
「私はもうお前を失いたくない」
その言葉と眼差しに、オレは顔を上げられなくなった。向き合えば、自分の気持ちが見透かされてしまいそうで。
「……すまない。やはりこんな気持ちは伝えるべきではなかったか」
レオン殿下が諦めたような声で言った。その声音に、オレは慌てて顔を上げた。
「違います! そうじゃなくて……」
「私は、お前の本当の気持ちが知りたい」
彼の声が少し震えていた。いつもの冷静沈着な殿下とは思えない不安げな声音。その様子に、胸が締め付けられた。
俺は深く息を吸い込んだ。自分の気持ち……。
今まで考えたことなかったわけじゃない。だけど、認めたくなかった。だって、俺はただの騎士で、彼は王子様なんだから。そんな身分差のある相手を好きになってもいいはずがない。
でも、今改めて考えてみる。
オメガになって騎士団を辞めなきゃいけなくなった俺を、護衛騎士として側に置いてくれたのは、単なる上司の気遣いだけではなかった。俺が調子に乗って東の砦でヴァレンに追いかけられた時も、必死で探しに来てくれた。ヒートになった俺を、優しく抱いてくれた。
あの夜のことを思い出すだけで顔が熱くなる。あれは、ただの欲望解消じゃなかった。あんなに優しく、でも情熱的に、俺を求めてくれた感覚は、今でも身体に焼き付いている。
そして何より、いつも側にいてくれる安心感。いつも俺のことを見ていてくれる安堵感。それらすべてが、俺の中で溢れるような暖かさになっている。
これって……
俺は自分の気持ちをはっきりと自覚した。
そうだ。俺はレオン殿下が好きなんだ。それも、騎士として主君を慕う気持ちじゃなく、一人の人間として、恋人として、愛している。これが恋なんだな。間違いない。
こんなにオレは鈍感だったなんて。もっと早く気づくべきだった。
この気持ちに気づいたのに、今の状況では……
理不尽すぎる。やっと気づいたのに、これから二度と会えなくなるなんて。
「くそっ! やっぱりこんな展開、納得いかないですよ!」
思わず声が大きくなり、言葉が止まらなくなる。
「せっかく気づいたのに! 殿下のことが好きだってわかったのに! もう二度と会えないなんて、そんなのあんまりじゃないですか!」
叫んでから、ハッとした。
待てよ……今、オレ、勢いにまかせて「殿下のことが好き」って言ったよな? いつの間にか告白してる……!
思わず顔が真っ赤になるのを感じる。レオン殿下は固まったままで、ぽかんと俺を見ていた。
そして──
「はは、ははははっ!」
突然、レオン殿下が笑い出した。今まで見たことないくらい、心の底から笑っている。
「な、なんですか! 笑わないでくださいよ!」
照れ隠しに怒鳴ったけど、彼の笑顔を見ていると、なんだか腹も立たない。
「すまない、すまない」
彼は笑いを抑えようとしながら言った。
「だが、さすがセリルだ。お前はいつも私の想像の斜め上をいく」
「そんな言い方ないでしょ!」
俺は顔を両手で覆いたくなるほど恥ずかしかった。でも、レオン殿下の表情にいつもの生気が戻ってきたのを見て、ほっとする。
「……でも、ほんと今の状況、何とかならないですかね? 砦が陥落したのはカイル殿下の陰謀だってことは分かってるのに……」
少し冷静になって、俺は話を戻した。今考えるべきは、とにもかくにもこの状況をどうにかすることだ。
オレの言葉を受け、レオン殿下の表情が引き締まる。
「隣国と密約を結んでいたことを証明できるような証拠があれば、事態は一変するだろう。だが、そんな証拠があったとしても、カイル兄上は厳重に隠しているだろうな。簡単には見つからないはずだ」
俺は考え込む。どうやったら証拠を手に入れられるだろう。
「なんとかして、カイル殿下に自ら密約の証拠を持ってこさせる方法はないですかね……」
ふと思いついて呟いた言葉に、レオン殿下の目が見開かれた。
「そうか、その手があったか」
「え、何かいい方法があるんですか?」
レオン殿下は静かに微笑み、何か巧妙な策を思いついたかのように目を細めた。
「ああ。……かなり危険な手だが、ひとつだけいい方法を思いついた」
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